はじめに言葉ありき
聖書のこの有名な一文を持ち出すまでもなく、われわれは日々の生活、仕事を問わずあらゆる場面において言葉とともに生きている。
では、われわれは、どれくらいの言葉を持っているのだろうか。いわゆる語彙数、ボキャブラリーである。一般的には、大学卒業レベルの人で、3万5千語から5万語くらいと言われている。それを、そんなにもと思うか、たったそれだけと思うかはもちろん個人差があるだろう。
そして、その語彙も、見て聞いて「わかる」認知語彙と、ふだん実際に「使っている」使用語彙にわかれる。前者は、たとえば赤ちゃん言葉(喃語)などは実際それでしゃべったりはしないが意味は理解できるといった言葉である。
本稿では、仕事上の言葉において、AIによる自動翻訳について私見を述べたい。
われわれの言語生活は非・標準語でまわっている
まず今回のメインタイトルを見てピンと来た人は、ほぼ建築・土木関係者だろう。と言っても、工程管理に関するマネジメントの専門用語なので、現場の職人さんになると知らない人の方が多いかもしれない。逆に、職人さんだけに通じる符丁的な専門用語も当然あり、マネジメント部門の人には皆目見当がつかない言葉も多いだろう。
業界ごとに業界だけで通じる言葉がある。専門用語。隠語とかジャーゴンとか呼ばれる。寿司屋で「あがり」を頼み、「おあいそ」してもらう。よく見かけるシーンだが、もとは板前さんの隠語。事ほど左様に、われわれは、職場はもちろん、家庭でも、方言やJK語などが飛び交う特定のコミュニティでも、思ったほど標準語を使って生きてはいないのである。
今回のキャッチフレーズを手短に説明しておく。ある作業を進めるうえで必要になる人員(人工。「にんく」と読む)・資材・機材等の資源を工程ごとに分け、日ごとにどのくらいの時間と資源が必要かを集計する作業が山積みであり、見やすいように棒グラフ化する(山積み表と呼ぶ)。それにより、資源活用に不均衡がある場合、つまり効率的な資源配分ができていない場合、棒グラフは凸凹なものになる。それを極力フラットにすることで不均衡を改善するのが山崩しと言う作業である。
共通言語化のカギを握るAI
この業界言葉を、2019年3月に「炎上」してしまった大阪メトロの公式サイトの外国語ページに使われていたレベルの自動翻訳ソフトに訳させたら、堺筋線をSakai Muscle、3両目付近をnear 3Eyesのような、とんでも誤訳をしてしまうだろう。コピーライターの目から見ると、表現としてはとても面白い発想でありワーディングだと思うが、情報としての正確さが求められるこのようなページでは、完全にアウトである。
建設の現場では、ほんのちょっとした言葉の齟齬で、生命にかかわる大事故につながる。そのうえ、外国人作業員もいる。同じ日本人であっても、方言もある。こうした多様で複雑な現状を考えると、可及的速やかに多言語対応の高度な自動翻訳ソフトを搭載した「AIスピーカー」的現場監督の配置は必須の解決マターだろう。
そのためには、業界特有の用語の最大限での正しい記憶(インプット)が大前提となる。試しに建築用語のサイトにアクセスすると、全く想像すらできないチンプンカンプンな用語が多々あり、解説を読むと、秘伝というか暗黙知に属するような微妙なニュアンスの言葉も結構ある。けれど、そうした言葉についても、誰もが了解する明快な定義化をし、誰しもがズレなく同じ意味で了解する共通言語化が不可欠となる。たいへんな難題であることは、ド素人のわたしでも想像がつく。
なにしろ、AIとともに隆盛を極め、AIがもっとも参照依拠する脳科学の世界でも、いまだ脳がどのような仕組みで言葉を理解できるかさえ、有力な仮説は数多あっても「これだ!」に至っていないのだから。
「伝える」と「伝わる」の間には、とてつもなく深く大きなギャップがある。
言葉が生命のはずの政治家は、今日も「そう誤解されたとしたら発言を撤回する」とどこかで言っている。たぶん、きっと(「食言」と言う言葉をご存じ?知らなければ、いますぐ検索を)。AIは、機械だから、そうしたイクスキューズは許されない。でもこのいまも、政治家よりも、ずっとずっと本気で誠実にくそまじめに言葉と格闘している。ガンバレAI!
- 大槻 陽一
- 有限会社大槻陽一計画室 ワード・アーキテクト