2022.10.03

テクニカルニュース

生産技術

医療放射線施設遮蔽設計アプリ「SC-HoRS®

高エネルギー放射線医療施設の設計時には、管理区域外への放射線漏洩を防ぐために、事前に専門家による遮蔽性能評価を行う必要があります。当社は、放射線の専門知識を持たない設計者でも遮蔽性能評価を行うことができるアプリケーション「SC-HoRS®(エスシーホルス:SC-Hospital Radiation Shielding)」を開発しました。

放射線の遮蔽性能評価は複雑で高度な計算が必要であるため、専門家が数週間かけて実施していました。本アプリは独自の簡易式に遮蔽室と治療装置の仕様を入力するだけで評価結果を得ることができ、専門家でなくても数時間で遮蔽性能評価を行うことができます。設計変更時は前に実施し保存した遮蔽計算データを読み込み、変更箇所を修正後に数秒以内の遮蔽計算をするだけで評価結果が得られます。

放射線が及ぼす影響への安全性を確保した上で、放射線治療装置のある部屋に設置する遮蔽壁の鉄板量や壁厚のスリム化を図ることができるため、メーカー標準モデルと比べて、建設コストを10~20%程度低減でき、これまで困難だった複雑な形状の施設設計やレイアウト変更時における治療装置の配置検討などにも柔軟に対応することが可能です。

高エネルギー放射線治療室(高知医療センター がんサポートセンター)
高エネルギー放射線治療室(高知医療センター がんサポートセンター)

背景

近年、医療技術の高度化により、高エネルギー放射線治療装置(リニアック)、定位的放射線外科治療装置(ガンマナイフ)、陽子線治療装置、重粒子線治療装置などが急速に普及しています。

これらの装置を使用する放射線治療室は、管理区域外への放射線漏洩を基準値以下に抑えるため、コンクリートと鉄板を併用した厚さ1m~3m程度の遮蔽壁で覆われます。通常の設計とは全く異なる仕様が必要となり、施工開始後の手戻りが難しいため、基本設計段階で安全率を組み入れた遮蔽設計が求められます。

  • 放射線治療室の遮蔽壁構造例(SC-HoRSにより作成)
    放射線治療室の遮蔽壁構造例(SC-HoRSにより作成)
  • 放射線治療室のX線線量分布(左図室内をモンテカルロ計算によりシミュレーション)
    放射線治療室のX線線量分布
    (左図室内をモンテカルロ計算によりシミュレーション)

遮蔽計算は、放射線治療室から漏洩する放射線の量を評価し、定められた規制値よりも小さくなることを確認します。一般に、放射線治療室の遮蔽性能は、公益財団法人原子力安全技術センターが発行する『放射線施設のしゃへい計算実務マニュアル』の計算式をもとに評価されています。

しかし、このマニュアルの計算式では、複雑な放射線治療室構造(免震層、ダクト・スリーブ、遮蔽鉄板周辺部など)や、放射線治療装置の高エネルギー化に伴い顕在化した遮蔽壁内での光核反応による中性子生成を評価することができません。そのため、これまで当社では、マニュアルでカバーできない現象も含めて、モンテカルロ法を用いたシミュレーションを駆使して、放射線の挙動を繰り返し確認しながら放射線治療室の遮蔽設計を最適化してきました。

モンテカルロ法:ある確率分布に基づく疑似乱数を発生(サンプリング)させ、それに基づく計算(割合、平均、分布など)を数千回、数万回と繰り返すことによって、解が一定の値に収束していく大数の法則によって近似解を得られるというもの

放射線治療室のデザインや構造、治療装置の配置変更をすれば、遮蔽性能評価をやり直す必要があります。変更内容に応じた評価結果を迅速に導き出すために、設計者と評価者間のやり取りをいかに減らすかが重要な課題となっていました。

光核反応データベースの開発

光核反応※1データベースは、当社が実案件や実験で得られた遮蔽計算結果を考慮し、全ての安定同位体※2を含む約2,650の原子核(核種)について、光核反応により原子核から放出される中性子等の粒子の量、角度やエネルギー分布などを核種別に評価したものです。このデータベースを使用したモンテカルロ計算により、加速器と遮蔽壁で生成される粒子の挙動を精密にシミュレーションすることで、室内分布と室外に漏れる放射線の線量評価を精度良く実施できる遮蔽計算が可能となりました。しかし、放射線のモンテカルロ計算は設計プラン毎に数十時間の計算が必要になるため、迅速な遮蔽設計には適しません。

そのためモンテカルロ計算により得らえる多数の遮蔽条件毎の線量分布の計算結果を元にして、それらを最も良く再現できる計算式を新たに導出しました。計算式の論文は日本原子力学会の論文誌に掲載されています。SC-HoRSはこれらの計算式を組み込むことで、迅速な遮蔽設計が可能となりました。

光核反応:高エネルギーの光子が原子核に入射したときに起こる核反応であり、原子核から中性子や陽子などの粒子が放出される

安定同位体:同じ原子番号を持つが中性子数(質量数)が異なるものが同位体であり、放射性壊変を起こさないものを安定同位体という

医療放射線施設遮蔽設計アプリの概要

医療放射線施設遮蔽設計アプリSC-HoRSは、これまでモンテカルロ計算や表計算で行っていた遮蔽設計を自動化し、社内の誰でも利用できるようにアプリ化したものです。放射線治療室と装置の仕様を入力し準備できれば、漏洩線量の評価点が自動設定されて数秒以内の計算時間で線量評価が実施できます。

SC-HoRSの画面。放射線治療室の形状と放射線治療装置の性能を入力し、計算を実行すると評価点が自動的に設定され実効線量と判定が表示される
SC-HoRSの画面
放射線治療室の形状と放射線治療装置の性能を入力し、計算を実行すると評価点が自動的に設定され実効線量と判定が表示される
放射線治療室(リニアック室)断面図。放射線治療装置から下向きに放出された放射線は床(厚さT)を透過し、免震層(高さH)内で散乱する。SC-HoRSには免震層内の位置Xにおける線量を計算する計算式が実装されている。
放射線治療室(リニアック室)断面図
放射線治療装置から下向きに放出された放射線は床(厚さT)を透過し、免震層(高さH)内で散乱する。SC-HoRSには免震層内の位置Xにおける線量を計算する計算式が実装されている。
リニアック室床下免震層の実効線量。点がモンテカルロ計算によるシミュレーション結果、線が簡易式を用いて算出された結果。従来計算法が確立していなかった免震層において、複数の計算条件で25%以内(x>3m)で一致しており、遮蔽設計上実用的な精度を有している。(T.Noto, K.Kosako, T.Nakamura, “Development of an effective dose calculation method for the downstairs room of a linac facility”, J. Nucl. Sci. Tech. 57, 898-904 (2020)より引用し一部改変)
リニアック室床下免震層の実効線量
点がモンテカルロ計算によるシミュレーション結果、線が簡易式を用いて算出された結果。従来計算法が確立していなかった免震層において、複数の計算条件で25%以内(x>3m)で一致しており、遮蔽設計上実用的な精度を有している。
(T.Noto, K.Kosako, T.Nakamura, “Development of an effective dose calculation method for the downstairs room of a linac facility”, J. Nucl. Sci. Tech. 57, 898-904 (2020)より引用し一部改変)

上記のグラフに示したように、SC-HoRSによる床下免震層の実効線量の計算は、これまで実施していたモンテカルロ計算による高精度な結果と一致することが確認されています。同様に、計算項目毎に結果の確認を行っています。

SC-HoRSを使用することで、放射線の専門知識を持たない設計者が自分の設計プランを即座に反映したもので試行でき、それに遮蔽上の問題があるかどうかを確認できます。専門家である遮蔽設計者は、設計プランを正確に反映したデータで総合評価をするだけになるため、遮蔽設計業務全体の大幅な効率化を図ることができます。

  • リニアック室の遮蔽壁構造(イメージ図)照射方向の壁には鉄板が埋め込まれる
    従来の遮蔽設計のイメージ
  • SC-HoRSによる遮蔽設計のイメージ
    SC-HoRSによる遮蔽設計のイメージ

今後の展開

現在、SC-HoRSが対象としているのは医療用リニアック装置ですが、X線診断装置(X線撮影室や手術室)をはじめ、RI薬剤、CT装置、各種の放射線治療・診断装置などを含む全ての放射線発生機器とRI物質に対する遮蔽設計およびその自動最適化提案が可能となるよう、機能を拡充していきます。

RI薬剤:ラジオアイソトープ(RI:放射性同位体)を用いた医薬品。注射などで体内に投与して診療に用いるものと、試験管内で血液微量成分を測定する目的に使用する体外診断用がある