2018.12.25

開発者ストーリー

防災だけじゃない!免震技術の新たな可能性

オフィスで仕事をしていたら突然、感じた大きな揺れ。「地震か?」と思いきや、じつは近くのライブ会場の観客が、音楽に合わせてジャンプなどのいわゆる縦ノリをすることで発生した振動だった…。そんなトラブルが問題になっているのをご存知でしょうか?

近年は観客に縦ノリの自粛を呼びかけたり、アップテンポな曲を演奏するミュージシャンに会場を貸し出さないなどの対策を行うライブハウスも多いのだとか。この問題の解決に、清水建設が挑みました。

免震のスペシャリストに白羽の矢

プロジェクトを牽引したのは、小槻 祥江。大学時代は工学部、建築都市学科で免震技術の研究に勤しみ、清水建設に入社後も「免震建物の長周期地震動対策」などの研究に携わってきた、いわば免震のスペシャリストです。

「今回は今までの免震技術の応用編」と語るように、これまでの研究成果を活かして縦ノリ問題に取り組みました。

プロジェクトを牽引した小槻 祥江

清水建設技術研究所ではまだ少ない女性研究者のひとり。二児の母でもあり、家庭と研究の両立に日々奮闘中。手にしているのは、自身も開発に携わった「ダイナミックスクリュー」の展示模型

「まずは縦ノリの実態を知ろうと、開発チームでライブに行きました」と小槻。人気ロックバンド「アジアンカンフージェネレーション」のライブを鑑賞し、縦ノリを体感することから開発はスタートしました。

そもそも縦ノリとは音楽に合わせて身体を上下に揺らす動作のこと。この縦ノリを多数の観客が同調して行うことで大きな振動となり、近隣の建物にも伝わってしまうというのが課題でした。観客が同じタイミングで揃って縦ノリしやすい振動数の基準は2~4Hzくらいまでなのだとか。以下の表をみると、今をときめく人気アーティストの代表曲はいずれも縦ノリがしやすい、いわばノリの良い曲であることがわかります。

曲ごとの縦ノリの振動数

振動を小さくするのではなく、伝わる力を小さくする

振動問題に対してライブハウス側は観客の縦ノリ行為自体を禁止したり、フロアに防振マットを敷く、建物と地盤の間に設置するマットスラブを厚くするなどして、振動が周囲の建物に伝わらないよう工夫してきました。

防振マットや厚いマットスラブで振動を分散させることに重点を置いていた
防振マットや厚いマットスラブで振動を分散させることに重点を置いていた

これに対し小槻は、これまで研究を進めてきた免震技術を活かし、縦ノリによって発生した力に対し、地面に伝わる力を小さくするという方法を選択します。それが、ダイナミック・ライブ・フロアです。

フロアを浮き床とし、床下に防振ユニットを設置。本来は「地盤の揺れを建物に伝わりにくくする」免震装置を応用し、「建物の揺れを地盤に伝わりにくくする」ことに成功したのです。

縦ノリによって発生する揺れを、地面に伝わりにくくすることで周囲への影響を低減
縦ノリによって発生する揺れを、地面に伝わりにくくすることで周囲への影響を低減

すでに建設中の新しいコンサートホールに導入が進められているダイナミック・ライブ・フロア。実際に設置するタイミングでは、「防振ユニットを構成する皿ばねユニットの調整が難しかった」と、研究通りにはいかないこともあったようです。

文字通り、皿状のばねを何枚も重ねることで防振ユニットに必要なばね特性を実現するこの装置。中心に空いた穴にガイドと呼ばれる芯を通して重ねるだけの構造であるため、少しでも横に力が加わると、皿ばねがずれてしまい、求められる振動低減効果を発揮できなくなってしまいます。そのため、設置時には皿ばね同士をずれさせず、鉛直に上下するように、ガイドを通す中心の穴のサイズを細かく調整しました。

さらに浮き床はコンクリート造であるため、乾燥によって収縮する特性を持っています。縮む浮き床に皿ばねユニットが引っ張られて傾かないように、浮き床と皿ばねユニットの接点には水平方向の動きに追従する、非常に扁平なローラー支承を入れて対応しました。小槻も「予想していた以上にデリケートだった」と、導入時の苦労を振り返ります。

システム構成図:皿ばねユニットは浮き床の自重を支え、床の上下振動の周期を調整する役割を担っている
システム構成図:皿ばねユニットは浮き床の自重を支え、床の上下振動の周期を調整する役割を担っている
  • 水平拘束材と皿ばねユニット
  • ダイナミックスクリューとオイルダンパー

また、地震などによって皿ばねが損傷してしまうと、振動低減効果が減少してしまいます。そのため、基本的にはメンテナンスフリーの防振ユニットですが、「皿ばねユニットをはじめ各装置の交換なども出来るようになっています」と先々も見据えた設計がなされています。

施設のオープン後は、想定通りの効果を発揮しているかを検証し続けながら、さまざまな規模のライブハウスに適用できるよう、さらに研究を進める予定です。

将来はセットリストに合わせた自動制御も

今後、挑戦してみたいことは?という問いに対しては、「アクティブ制御ができたら面白いかもしれない」と語る小槻。

セットリスト(曲順)に合わせて、アップテンポな曲の時は効果を大きく、スローなバラードの時は小さくするなど防振ユニットの設定を自在に変えるようなことも可能になるかもしれません。また、ゆくゆくはそれをAIが判断しながら制御することも期待できます。

さらに、ダイナミック・ライブ・フロアは、ライブ会場の振動問題以外にも応用ができるかもしれません。例えば線路そばの住宅、高架下の店舗、小さな子供が走り回るマンション。都市部で暮らす人々を悩ます、振動問題を解決するこの技術には、まだまだ可能性が広がっていそうです。