特集

“子どもたちに誇れるしごとを。”

ゆったりとした時間(とき)が流れる、ボストンの街並みが好きです

日本国内はもとより、アメリカやスイス、トルコなど世界各地の街や風景、人々の表情を精力的に撮影されている写真家の織作峰子さん。その織作さんに、日本を代表する街並み、銀座や日本橋界隈を中心に、街や建物への思いや期待を語っていただきました。

写真家
織作 峰子氏

写真家。1981年度ミス・ユニバース日本代表。1982年より大竹省二写真スタジオに入る。1987年独立。以来、女性の優しい視線で世界各国の美しい風景や人物の瞬間を撮りつづけている。日本全国で写真展を多数開催するかたわら、テレビや講演に幅広く活躍中。大阪芸術大学写真学科 教授。
作品集に、「BOSTON in the time」(光村印刷出版)「TURKEY」(橋本確文堂)「MY SWITZERLAND」(清流出版)ほか多数。

共通点は落ち着いた街並み

81年にミスユニバース日本代表に選ばれ、翌年には写真家を目指して大竹省二先生に弟子入りしました。きっかけは、ミスユニバース時代に大竹先生と出会ったことです。先生に、「将来は芸術関係の仕事をしたい」、とお話したんです。そうしたら「じゃあ、写真家を目指したら」と。

当時の私は写真がアートの世界に入るとも思わなかったし、ポジフィルムというものがあることさえ知りませんでした。ただ子どものときから絵が好きでしたし、学生時代には日本画家や友禅作家のところにお邪魔したりしてはいたのです。

実際にスタジオに通うようになると、自分のことよりさまざまなスタジオワークに追われながら勉強しました。他の若手と一緒に朝早くから夜遅くまで、それこそ3食、写真づけの生活でした。

その後独立してフリーの写真家になった頃、ボストンに住む機会があり、そこで写真の学校や美術館に通いながら写真を数多く撮りました。ボストンは古いイギリスの街並みのように落ち着いた雰囲気を醸し出し、ゆったりと時が流れる、そんな街なんです。それがすごく良いなと感じていました。

私は石川県出身で金沢の落ち着いた街並みが大好きなのですが、同じような印象を持ちましたね。

銀座にある交詢ビルディング正面玄関の前で。
旧建物の一部を保存し、「伝統」や「格式」を継承しつつ、
全体を覆うガラスのファサードが、銀座の先進性を表している

光の色が違う街に惹かれています

被写体として街を見るなら、今はトルコや東欧、モロッコなどに関心があります。なんというか、陽射し、光の色が違うんですね。トルコでは、暖房に主に石炭を使っていることもあるのでしょうが、夕方になると街がグレイッシュになる。朝焼けも独特のものがあるし、混沌とした街の雰囲気や人の表情など、カメラを片時も離せない、そんな印象深いものがあります。

最近スイスにもよく行っています。仕事で行くのですが、こちらはなぜかリラックスした気持ちにもなれる。撮影も地点、地点で被写体を見つけていくような、トルコなどとはまた違った感じがしました。スイスでは風景もよく撮っていますが、何か人との関わりが感じられる、そんな風景が好きですね。

街も物事も俯瞰して見る

街が美しいかどうか、それには高い位置から俯瞰してみる、ということをかなり意識します。飛行機で外国の街に降りるときもそんな目で見ています。ああ、きれいな街だなとか個性的だな、とか。

日本では金沢や仙台が独特の美しさを持っていると思います。街中に小高い山がありますから、そこから見るとよく分かります。

実は物事を考える上でも、俯瞰というのはすごく大事だと思っています。自分のポリシーやリズムといった軸でもあります。写真というのは瞬間芸。とっさの動きが必要です。そうした時こそ自分の中にしっかりした軸があるか、ですね。

話はそれましたが、東京では、レインボーブリッジをお台場方面に渡る時に見える、東京港沿いの景色が好きです。晴海にガラスの客船ターミナルがあって、その先に超高層の建物が建っている。なにかニューヨークのマンハッタンを見ているような気分になりますよね。

工事の説明に熱心に耳を傾ける織作さん。
日本橋三越本店本館では、免震レトロフィット技術を採用し、建物を使用しながら耐震補強工事が行われている

どの角度で見てもパーフェクトな建物がいい

東京でもうひとつ好きなのが日本橋界隈。私は三越本館と三井本館、日銀のあの一角が好きなんです。重厚感があって歴史を感じさせる。石などの素材も、そして建物のセンスも良い。時代を選ばない、そんな印象ですね。これらはシミズさんが建てられたと伺い驚きました。私は仕事柄、建物をいろいろな角度から見ます。その時どの角度から見てもパーフェクトであってほしい。それを感じます。

銀座では、交詢社さんのビルが印象に残っています。以前、講演で訪れたことがあるのですが、伝統を守りつつ、古さと新しさがマッチして素敵だと思いました。

それから、銀座4丁目の和光も大好きです。今はシミズさんで改修工事中と伺いました。透き通ったベールのような囲いで建物の外観が見えていたのが、とても良いと思います。日本では時々、森の絵やヨーロッパの写真など、建物と関係ないものが描いてあったりして、ちょっと違和感を感じることがあります。ヨーロッパではよく、仮囲いに完成予想図を大きく描いているのを見かけます。通りがかった人が建物の完成イメージを持てるようにしているんですよ。

現在、改修工事が行われている和光本館。景観を配慮して、透き通った仮囲いが採用された

五感を刺激するような建物に出会いたい

最近、東京には新しい建物が次々に建っていますが、私は都会はそれでいいと思っています。ただ、ガラス張りの似たような建物が多い。特徴的な美しい建物が造られていないように感じます。

ニューヨークのクライスラービルなどは芸術品のようで美しいですよね。そうした街を象徴するような美しい建物が欲しい。利便性も必要ですが、100年、200年先をみた建物がいいですよね。

また、建物というのは、その土地の産物や自然を生かしたものであって欲しいとも思っています。例えばスイスでは、地域によって石造や木造だったり、漆喰だったりと、その土地の特性がでています。

石や木は長い年数が経るとともに味わいが変わってくる、時の経過がプラスになってくる、そんな印象がありますね。

ですから建物については、素材の面でも、100年、200年という視野で考えてほしいと思います。

また金沢の話になりますが、シミズさんが工事をされた、金沢駅東口のガラスの建物を冬に訪ねたことがあります。ふと見上げたらガラス面が雪に覆われていました。まるで万華鏡のよう。日本建築の雪見障子を見るような印象でした。やっぱり建物ってその土地の風土に合うかどうかが大事ですよね。

建物も想像力をかきたててくれるようなもの、五感を刺激してくれるようなものが望ましいですね。

街全体のデザインを重視したい

私自身は、住む場所ではすごく緑を大事にします。オフィス街でも緑がある場所で働く人はずいぶん癒されていると思いますよ。屋上の緑化も良いですよね。

併せて、今の時代はエコ、環境への視点が大切ですよね。シミズさんが取り組んでおられる室内の化学物質の問題や、省エネルギーといったこともあると思います。

生活する立場でいうと、どんなにデザインが良くても使い勝手の悪いものは困りますね。それと大切なのはバス、トイレ、キッチンといった水廻り。スイスの築200年ぐらいのアンティークホテルをよく使うのですが、古い部分を本当によく残してある。でも水廻りだけは近代的で清潔なんです。こうしたことも大事なことだと思います。

後は色彩でしょうか。個人宅に多いと思いますが、「どうしてこの街にこの色なの?」ということがあります。もっと街全体での規制のようなものがあってもいいのに、と思いますね。関連して言うと看板も気になります。ネオンや看板が中途半端で美しくないケースがよくありますよね。

反対に、北海道のニセコ町では、行政と町の皆さんが協力して道の整備やお店の門構え、看板などを統一している綺羅街道という地域があって、とっても雰囲気がいい。きれいな町をつくる、という町全体の結束があるんでしょうね。

金沢駅の「もてなしドーム」。
多雨多雪の金沢の気候風土を考えて、駅に集う人びとに傘を差し出すような
「もてなしの心、思いやりの動線」を表現

子どもたちが自然に触れ、安心して住める街を

今日、日本を代表する「銀座」や「日本橋」を見て、沢山の良い建物を手掛けられていることや、地震対策や自然環境のためにずいぶん努力されていることを伺いました。免震や省エネなど、始めて知ったことが数多くありました。ただそうした努力があまり社会には伝わっていないのではないでしょうか。もっと皆さんのやっておられることを一般の方々にお知らせすることも必要だと思います。

シミズさんはこの6月から「子どもたちに誇れるしごとを。」というメッセージを発信されておられますね。将来の日本を担う世代に、素晴らしい社会を受け渡していく、そのために建設が出来ることは何かをしっかりと考え実現していく。子どもたちが自然に触れ、安心して住める建物や町を造る。

それは大人の誰にも共通する思いであり、願いだと思います。ぜひ未来を担う子どもたちに良いものを受け渡してあげてください。(談)

ご自身の作品集「MY SWITZERLAND」(清流出版)を開きながら、
スイスでの街や建物の印象について語る

本ページに記載されている情報やPDFは清水建設技術PR誌「テクノアイ4号(2008年7月発行)」から転載したものであり、内容はすべて発行当時のものです。