2019.06.10

ConTECH.café

火事場の馬鹿力、あるいは窮鼠猫を噛む

災害が人類を賢くする!?

バロックに続く時代に、リスボン大地震(1755)が起こりました。もちろんリスボンがなくても「強く合理的な建築」に向かって、歴史は動いていたでしょう。
神や共同体の力に頼るのではなく、個人が自分の力で自分を守らなくてはならない、そのために「強く合理的な建築」が必要だという考え方は、大地震以前、中世が終焉したルネサンスの時代から、少しずつ人々の中に育まれていった考え方です。その合理主義への流れ、個人主義の流れをリスボン大地震というカタストロフィが加速したのです。
災害というのは、そのような形で歴史の流れを加速する、一種のターボチャージャーのような役割を果たしてきました

長くなったが、隈研吾さんの『場所原論 建築はいかにして場所と接続するか』(市ヶ谷出版社2012年1月23日初版発行)から引いた。

3.11を経験した翌年の出版ということを考えると、この本は基本「作品集」なのだが、「悲劇が建築を転換する」と題した冒頭の30ページ弱の論文がメインの、3.11を建築家隈研吾はどう受け止め、どうこれからを考えているのかを表明した宣言のような小著だ。ともかく、災害をキーワードに建築史を過不足なくコンパクトに概観する、それも文系のわたしにとってもなじみのある人文系の哲学者や地理学者からの引用も多く、とてもわかりやすいものだった。

1666年のロンドン大火が木造都市ロンドンをレンガ都市に変え、1755年のリスボン大地震は近代科学から産業革命へと続く「近代」の幕開けとなるばかりか、フランス革命のバックボーンとなった神に依存しない啓蒙思想をも生みだす契機になった。そして、1871年のシカゴ大火は不燃構造、鉄骨構造を飛躍的に発達させ、1923年の関東大震災は木造都市東京をコンクリートや鉄といった普遍的素材の都市へとガラリと変えたわけだ。久しぶりに「ああ、勉強になった」。

舞鶴の赤れんが博物館で感じたこと考えたこと

帰省ついでに隣の舞鶴市に行った。終戦まで、海軍鎮守府が置かれ、海軍機関学校があった、日本海の守りの要。戦後は「岸壁の母」の舞台で、66万人にも及ぶシベリア抑留者がここに引き揚げてきた。

いまも海上自衛隊の基地があり、巨大なイージス護衛艦を目の当たりに見ることができる。映画「海猿」で人気の海上保安学校や、京大の水産学科がある。訪れたのは、世界記憶遺産に登録された引揚記念館などがあるエリアの舞鶴赤れんがパーク。ちょうど明治150年を記念して、市立赤れんが博物館(旧海軍の魚形水雷庫を改装!)主催で「日本の近代化とれんが」展をやっていた。

幕末、幕府や長州、肥前、薩摩といった有力藩は、イギリスやアメリカなど西洋列強のアジア進出、威嚇的な領海侵犯で脅威を感じ、大型大砲のアームストロング砲製造に必須の反射炉の建設資材として、オランダの書物を首っぴきになって読み込み、耐火れんがを自作した。

明治に入り、「お雇い外国人」の指導のもと貪欲に西洋の先進技術を取り入れ、三池炭鉱などの鉱山、富岡製糸場などの国営工場、京都の琵琶湖から水を引く疎水による水道施設、そして鉄道や軍の施設など急激な近代化のインフラの整備をれんがが一手に支えた。そのことが、れんがの実物を通して伝わってきた。まさに百聞は一見、一触に如かず。近代国家一年生の若々しい気概、熱意といった息吹を感じた1時間だった。

話はちょっと飛ぶ。3.11の被災遺構の保存の可否が議論されている。

わたしは、思う。モノは、自らは語らないが、誠実に、謙虚に、真摯に、丁寧に寄り添えば、自ずと雄弁になるものだ。考古学者が、それを証明する。過去をしっかりと留めて置けるのも、建物の力である。

だから、公文書同様に、ちゃんと然るべき方法で、然るべき場所で残した方がいい。故意に、恣意的に残さないのは、自らの手で自らの歴史を奥行きのない薄っぺらなものにすることだ。歴史のない国は、さびしい。

災害の平成は終わった。だけど、宿題は、まだ、残っている…

雲仙普賢岳火砕流、阪神淡路大震災、中越地震、東日本大震災、御嶽山噴火、鬼怒川決壊、広島市土石流、糸魚川市大規模火災、熊本地震、西日本豪雨、大阪府北部地震、平成30年台風20・21号被害、北海道胆振東部地震…。

思いつくままに書き出してみると、この30年間は、災害の時代だった。そして、災害が起こる度、その道の専門家たちが「想定外」と口にした…なんだかなぁである。

さまざまな災害が、建築業界に試練を与え、ネバーギブアップ!と絶望のどん底から這い上がらせてきた。平成のこうした手痛い教訓を胸に秘め、安心安全をつくる構造物を、来たる次の時代にしっかりと届けること。その責任重大な宿題を仕上げるための、妥協しない試行錯誤をつづける覚悟。ブレークスルー。それを、わたしはあえて、冒頭のタイトルのように訳したい。

必要は成功の母。窮すれば通ず。然るべき蓄積と問題意識があれば、できる!BGMは、中島みゆきの「ファイト!」(特に2番目の歌詞をリフレインで)だ。

大槻 陽一
有限会社大槻陽一計画室 ワード・アーキテクト