2021.06.07

ConTECH.café

160年前の温暖化対策の必読書

児童書ってバカにしてない?

わが仕事部屋の資料や新聞雑誌を積み上げた山の一つが崩れた。そこから、『ロウソクの科学』がひょっこり。吉田光邦訳の講談社文庫、昭和48年2月8日第3刷。価格は120円。

一般教養の講義の必要から読んだのかもしれない。書き込みはなく、ところどころページをドッグイヤーしている(ページの右上あるいは左上を小さく三角に折ること)が、まったく記憶に残っていない。感動しなかったのだ。ああ無念!

1860年のロンドン、名声を確立した69歳のファラデーは、王立研究所主催の6回連続のクリスマス講演(米村でんじろうさんのサイエンスショーみたいだったんじゃないだろうか)をした。初日から満員で、貴族からロンドンっ子までが目を輝かせて聞き入った。それを記録し、8歳の子どもでも楽しみながら分かるように編集したのが、真空管を発明したウィリアム・クルックス。その翻訳を、160年後のいま、わたしたちは読んでいる。

「皆さんが自然科学の勉強をはじめるにあたって、まずロウソクの物理的な現象を考えてみるのが、最もよいことと思われます。入門としてはこれにまさるものはありません。すべての自然を支配する法則のうちで、ロウソクの現象に現れてきたり、ふれあったりしないものはないでしょう」。

そう、たった一本のロウソクから、物質とは、それが燃えるということはどういう現象なのか、燃焼するとなぜ水が生成されるのか、大気中の元素とどう関わっているのか等々を鮮やかな手品のような実験で示す。そこから、人間も含めた動物の呼吸、植物も含めた炭素循環にまで話はふくらむ。第六講の、ロウソクの燃焼が、実は人間の呼吸と同じ現象なんだ!というエンディングの圧巻。遅まきながら科学するこころに触れた一瞬だった。

ファラデーって、すごい、すごすぎる

マイマイ姉妹のようこそ!エネルギー偉人館で検索してみてほしい。大阪ガスのコンテンツにたどり着く。そのNo.7が、マイケル・ファラデー。電気のある暮らしを可能にしたファラデーの発見「電磁誘導の法則」のタイトルのもと、生涯と業績がコンパクトにまとまっている。

ベンゼンの法則、塩素の液化法の発見、復氷の発見、特殊鋼の研究、金のコロイドの発見等々、ノーベル賞が19世紀にあったら確実に複数回受賞していただろうと言われる大科学者。正規の大学教育は受けず、製本屋の小僧として、製本途中の書物を読むことを許してくれた主人の支援もあり独学で科学者の道を歩んだ。

その人生は、科学への深い愛情に満ち満ちたものだったのだろう。だからこそ、このとんでもなく素晴らしいレクチャーができたのだ。

彼が熱く語った自然の不思議にふれる喜び、つまり科学の精神は、1950年代の日本に生きる二人の少年の心に火をつけた。一人は、福岡市郊外の小学生、大隅良典さん。13歳離れた兄(後の高名な仏教思想家)から贈られた。2017年ノーベル生理学・医学賞受賞。もう一人は、大阪吹田市の小学4年生、吉野彰さん。担任の先生から勧められた。2019年ノーベル化学賞受賞。

人生を決める本に出会える。このうえなく幸せなことである。

ロウソクの炎はなぜこんなに安らぐのだろう

一本のロウソクは、科学の扉を大きく開いただけではなく、人間の精神を豊かにしつづけて来た。

比叡山延暦寺の根本中堂で788年以来途絶えることのない「不滅の法灯」(正確には油を吸った芯が燃えている)。薄暗いお堂の中で、遠くにぼんやりと揺れる炎の影を見ていると、最澄の願った「一隅を照らす」の本意がじんわりと感じ取れる。

高島野十郎という知る人ぞ知る画家がいる。生涯にわたり描いたA5ほどの小さな「蠟燭」の連作は、ロウソクの炎の神秘さを知りつくした人だから描き得たものだと思う。そこに、実物が灯っているように感じる絵だ。17世紀のフランスにもロウソクの炎に魅せられた画家がいる、ラ・トゥール。2005年だったかに日本に「大工の聖ヨセフ」「悔い改めるマグダラのマリア」が来たときは、3回見に行った。行くたびに、何回もその前を行ったり来たりしてしまった。

そんなことも思い出させてくれた、うれしい読書だった。名著、古典とは、静まった水面に落ちた紅葉がつくる波紋のようだ。

大槻 陽一
有限会社大槻陽一計画室 ワード・アーキテクト