2021.08.30

ConTECH.café

パオロ・ジョルダーノの問いに、当事者感をもって答えるという宿題

本はときに「鎮静剤」になり、なにかへの確かな導きとなる

ステイホーム中、パオロ・ジョルダーノの『コロナの時代の僕ら』(早川書房2020年4月25日刊 飯田亮介訳)という本と出会った。干天の慈雨だった。

1982年生まれのイタリアを代表する若手作家。トリノ大学で素粒子物理学の博士号取得。
その彼が、2020年2月25日にイタリアの代表的な日刊紙に「感染症の数学」を発表するや大反響を呼び、それを機に2月29日から3月4日にかけて書き下ろしたエッセイ27本と、3月20日にその日刊紙に寄稿した「コロナウィルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」を著者あとがきとしてまとめたものだ。この日付の意味する重さは、言わずもがなだ。

このあとがきは、早川書房のサイトで無料公開されている。以下を読み進める前に、紙幅の関係で多くを紹介できないので、お手数をおかけするが、ぜひ通読いただきたい。これだけでも、この本の意義と価値を十分にお分かりになるはずだ。

新型コロナウィルスの「新型」への戸惑い

海外のニュースや新聞記事では、COVID-19と使われている。しかし、日本では政府発表はもちろん、ニュースも新聞記事も「新型コロナウィルス」。専門家会議の発表然り。

ヒトに感染するコロナウィルスは7種類。うち4種は、いわゆる風邪らしい。記憶に新しいのが、SARSとMERS。日本でもサーズ、マーズと呼んでいた。

「SARS-CoV-2は今回の新型ウィルスの名前で、COVID-19は病名、つまり感染症の名前だ」と同書にはきっぱり。COronaVIrusDisease2019。2019年に発見されたコロナウィルスによる病気。どこにも新型は見当たらない。これでこんがらがっていた糸がほどけた。

パンデミックの「指数関数的変化」や「アールノート」と呼ばれる基本再生産数(1人当たりの感染拡大率)についてもビリヤードの球とか水道の元栓を開いたまま修理するとか交通事故の衝突などの巧みな比喩でスムーズな理解を促してくれる。

「自然は生まれつき非線形なのだ」。未来は現在の単純な延長線上にあるわけではなく、ある閾値を超えると急激に変化するものだ、などと勝手な解釈をするが、科学者らしい謙虚さと誠実さを感じるひと言だ。

10の痛切な「僕は忘れたくない」。その僕に、わたしもあなたも含まれる

ロックダウンのなか夕方になると窓辺で献身的な医療従事者のために歌う人がいたこと。最初の時期に政府の対応に多くの人々が嘲笑したこと。ぎりぎりになっても飛行機のチケットをキャンセルしなかったこと。政治家たちの饒舌と突然のだんまり。僕らの大半が技術的に準備不足で科学に疎かったことなど10の痛切な自問。これは、われわれみんなに当てはまり、他人事であることは許されない。

やがて、出口が見えてくる。必ず、出口にたどり着く。「だから僕らは、今からもう、よく考えておくべきだ。いったい何に元どおりになってほしくないのかを」。

政府からの自粛要請期間中は、多様な働き方を加速させ、これまでの「普通」が見直された。
在宅勤務で自宅が仕事場になり、ホテルが一時的に軽症患者の病院になり、病院に行かずともオンライン診療も可能だ。観光地などで休暇を楽しみながら働くワーケーションでは、個室露天風呂が書斎に様変わり、なんてことだってありえそうだ。今や、建物は本来の役割以外での多様的な使われ方を求められている。さらに、QRコード決済が広がり、実店舗でリアルタイムのオンライン接客が始まるなど、非接触型、非対面型サービスの普及も一気に高まった。新しい生活様式の中で、変わり始めたインフラの役割。その方向性をしっかりと示せとコロナが緊急動議したと思いたい。

ある日、朝から久しぶりに都心に出た。いつものラッシュで座れなかった。

ランチタイム、みんな黙々ともぐもぐ、さっと席を立つ。当方も同じ仕儀で食べ終わる。

「僕たちは今、地球規模の病気にかかっている最中であり、パンデミックが僕らの文明をレントゲンにかけているところだ」。「すべてが終わった時、本当に僕たちは以前とまったく同じ世界を再現したいのだろうか」。覚悟と本気度を問うリトマス試験紙・・・である。きれいごとの応答はすぐに見透かされる。日日是好日と打ったつもりが、日日是口実。ああ。

大槻 陽一
有限会社大槻陽一計画室 ワード・アーキテクト