2023.04.17

先端技術探訪

捨てる神あれば、拾う神あり

捨てる神あれば、拾う神あり

近年、これまでの天候の常識を逸脱したような現象が世界各地で多発しています。ある場所では干ばつが、別のある地域では豪雨による洪水が起きるなど、自然災害は激甚化する一方。気候変動と呼ばれるこの現象、CO2をはじめとする温室効果ガスによる地球温暖化が要因の多くを占めているといわれます。

全産業界を巻き込んで懸命な取り組みがなされている地球温暖化対策。その鍵を握るCO2削減において、光明のひとつにになるかもしれないのが今回取り上げるバイオ炭です。

なぜCO2を減らさなければならないのか

物を燃やすと発生するCO2。かつては人々が食事をするための煮炊きか、暖を取るくらいしか物を燃やすことがなかった状況が一変したのが産業革命です。それまで人力、水力、風力に頼っていたエネルギーが、石炭を燃やして水を沸騰させる蒸気機関に代替されました。以来、人間の活動によるCO2増加が地球温暖化に大きく影響していると見られています。

今、この瞬間も世界の平均気温は上昇傾向にあり、産業革命前と比較すると1.1℃上昇しているそうです。わずか1.1℃というなかれ。平均気温が上昇すれば海や地面から蒸発する水分が増加し、大気中により多くの水分が含まれるようになるため、大雨が降りやすくなります。一方で、水分を大気に奪われた地域では干ばつが発生しやすくなります。地球全体で見ればバランスが取れているのかもしれませんが、そこに住んでいる人や動植物にとってはたまったものではありません。

2023年3月に気候変動に関する国際機関IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が発行した第6次報告書は、世界の平均気温の上昇を、産業革命以前とくらべて1.5℃を超えないようにするために「世界全体の人為起源のCO2の正味排出量を2050年前後に正味ゼロにしなければならない」としています。

廃棄物のリサイクル材、バイオ炭

ここでいう「正味ゼロ」とは、排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにすることを意味します。排出を完全にゼロにするには、今すぐに全人類が産業革命前のようなエネルギーをほぼ使わない生活に移行しなればなりません。そんなことは現実的には不可能なので、排出せざるを得なかった分については同じ量を「吸収」または「除去」することで差し引きゼロを目指すということになります。これがカーボンニュートラルのコンセプトです。

カーボンニュートラルを実現する手立てとしては、発生するCO2を減らすことが重要。

現代の我々の暮らしでは、エネルギーを起源とするCO2が温室効果ガス全体の多くを占めており、2018年のデータでは約85%となっていたとか。それを減らす方策として、CO2を排出しない再生可能エネルギーが脚光を浴びていたのは記憶に新しいところです。

すでにあるCO2を減らすということで、CO2の吸収・除去というのも有効です。手法としては植林があるほか、大気中のCO2を直接回収する技術も開発されています。そして、この分野で最近注目されているのが、バイオ炭を活用した炭素貯留技術です。

バイオ炭とは生物由来の有機物(=バイオマス)を炭化させたもの。キャンプやバーベキューに馴染みのある方なら、おがくず由来の「オガ炭」を使ったこともあるでしょう。これもバイオ炭の一種です。原料は木や竹、それらを製材した後のおがくず、もみ殻、さらに家畜の排泄物など、従来は捨てられていたものがほとんどです。

お手本は江戸の世

このバイオ炭、それ自体が炭素の塊であり、しかも安定度が高く容易に分解されません。これを農地などに埋設することで、炭素そのものを高純度かつ安定した状態で貯留しておくことができ、結果的に大気中のCO2を減らすことにつながるのです。温室効果ガスの排出削減量や吸収量をクレジットとして国が認証するJクレジット制度でも、このバイオ炭の農地施用が認証を受けています。

そして、そのバイオ炭活用を清水建設でも進めています。農地ならぬコンクリートに混ぜ込むという手法で、一般的なコンクリートと同等の圧縮強度や施工性を確保しつつ、カーボンネガティブ、つまり生産時に排出された以上の量のCO2固定も可能になるとのこと。現在も技術開発が進められており、いずれは多くの構造物や建物にも適用されていくでしょう。

このようにバイオ炭の活用はスタートしたばかり。バイオ炭自体は古くからあるものの、その価値が再評価されたのは比較的最近のことなので、今後の技術革新も見込めそうです。原料の選び方や使い方次第で、よりカーボンニュートラル、カーボンネガティブに貢献できる素材に進化するかもしれません。それまで捨てられていたものを再利用しようという取り組みに、人や家畜の排泄物すら肥料として活用し、カーボンフリーな循環型社会が成立していた江戸の世を連想させられます。今後目指すべきは、現代の安全・安心で快適な環境と、江戸の世のような循環型社会が両立する未来です。そのきっかけとなる可能性をバイオ炭は秘めているのです。

野崎 優彦
さまざまな企業のコミュニケーション活動をお手伝いしているコピーライター。株式会社モーク・ツー所属。