2020.06.15

開発者ストーリー

遮音と通気を革命的なレベルとコストで実現。

ルーバーとは羽板と呼ばれる細長い板を一定の傾斜を付けて平行に並べた建材。中でも騒音防止に特化したのが遮音ルーバーです。このほど清水建設が開発した「しずかルーバー」は既存の遮音ルーバー製品よりも優れた遮音性能を確保しつつ、2〜数倍にも及ぶ通気性を両立させ、なおかつ低価格をも実現させた画期的な製品です。関西支店と技術研究所のコラボレーションによって生み出された「しずかルーバー」の開発秘話をお届けします。

清水建設株式会社 関西支店 建築技術部 西 博康(左)、技術研究所 環境基盤技術センター 音環境グループ 宮島 徹(右)
清水建設株式会社 関西支店 建築技術部 西 博康(左)、技術研究所 環境基盤技術センター 音環境グループ 宮島 徹(右)

締切ギリギリに決まったプロジェクト

このプロジェクトはかねてから既存の遮音ルーバーに問題意識を持っていた関西支店の西が、東京の技術研究所に宮島を訪ねたことがきっかけで始まりました。

技術研究所では取り組む研究開発テーマを申請し、評価を受けた後、具体的な研究開発をスタートさせるという流れで、それぞれの仕事が決まっていきます。

開発プロジェクトをリードした宮島。音響のプロとして多方面で活躍している。
開発プロジェクトをリードした宮島。音響のプロとして多方面で活躍している。

「申請の締切日まであとわずかでした。」と振り返る宮島はスタジオやホールの音響設計やコンサルを手がける清水建設きっての音響のプロフェッショナル。その宮島のもとを西が訪れたのは締切の3日前のことでした。

「こういう話があるとの前振りは昨年あたりからありましたが、まさか正式な話が3日前とは。心の準備はまったくありませんでした」と苦笑する宮島。

関西支店の西。彼の遮音ルーバーに対する問題意識がすべての始まりとなった。
関西支店の西。彼の遮音ルーバーに対する問題意識がすべての始まりとなった。

遮音ルーバーは、ビル屋上に設置される空調機器の騒音防止や景観への配慮といった観点から、その重要性や必要性が増している部材です。求められるのは遮音性と通気性という相反する2つの機能をできるだけ高いレベルでバランスさせることですが、既存製品は性能に対してコストが高いということが西の問題意識の核心にありました。

「既存製品よりもリーズナブルに、今までにないレベルの遮音性と通気性を実現した遮音ルーバーができないものか。そんな想いで宮島さんに話を持ちかけたのです」と西は話します。

確かな性能を持ちながら適正なコストで設置できるルーバーがあれば、設計自由度も上がり、建物の付加価値を高めることもできます。宮島は、高度な音響予測シミュレーションを得意とする研究員の石塚に依頼し、西が持ち込んだアイデアスケッチを元に、急遽2日ほどかけて簡易なシミュレーションを行いました。

「その結果、いけるだろうと目処が立ったのが2日前。残る1日で資料をまとめ、なんとか申請締切に間に合わせることができました」(宮島)

こうして始まったプロジェクトは、2016年4月から本格的に走り出すことになったのです。

しずかルーバーにはさまざまなアイデアが詰め込まれた
しずかルーバーにはさまざまなアイデアが詰め込まれた

計算し尽くされた三段構えの遮音機能

「しずかルーバー」が革新的なのは、十分な通気経路と流量係数を確保し、既存の遮音ルーバー製品をはるかに超える通気性能を実現していながら、反射、吸音、共鳴と三段構えの遮音機能で幅広い周波数帯域の騒音減衰を可能にしているところ。そのひとつであるパラボラ構造による音の反射は、ごく初期の段階で採用が決まったものでした。

「石塚研究員が、以前からパラボラによる音の反射という現象に興味を持っていたのです。西さんの持ち込んだスケッチを見ながら検討していた最初の時点で、彼がパラボラによる音の反射機構を提案してくれました」(宮島)

パラボラのアイデアを提供し、その具体化に力を尽くした石塚。
パラボラのアイデアを提供し、その具体化に力を尽くした石塚。

「遊園地や公園にパラボラ構造を利用した、遠隔通話が楽しめる遊具がありますよね。あれを見て、なにかに応用できないものかとずっと考えていたのです」(石塚)

パラボラは1点に焦点があり、正面から入った音を焦点に集まるように反射する性質があります。「しずかルーバー」ではパラボラ状の曲面を持つ反射板とその反対側に配置された円弧状の曲面を持つ反射板の2つを組み合わせることで、音源側から入った騒音をはね返して、音源側に戻します。この構造は特に高音域の減衰に威力を発揮しています。

一方、低音域から高音域の幅広い音域の減衰に貢献するのが、構造中の空間部に仕込まれる吸音材ですが、ここに何を使うかを決まるまでには相当の紆余曲折があったそうです。

宮島

「既存の遮音ルーバー製品は、一般的な吸音材であるグラスウールの塊のようなものです。そこから脱却しようということは当初から目標のひとつにしていました」(宮島)

グラスウールの製造にはフェノール樹脂系のバインダが使用されますが、長く屋外で使われるうちにそれが紫外線で劣化してしまうのです。宮島たちは吸音性能を備えながら耐候性、防水性を満たす素材を求め、ウレタン素材をはじめ、さまざまな素材を検証しました。

試行錯誤の末、高い吸音性能を持つポリエステル繊維吸音材に注目しました。この素材はもともと耐候性のあるポリエステルを接着剤を使わずに整形してあり、この用途にうってつけでした。

そして、中音域の減衰に貢献するのは、音源側に近いところに配置されたスリット共鳴器。これは、瓶に息を吹き込むと「ボーー」と音が共鳴するヘルムホルツ共鳴という現象を応用した機構です。これについても数百時間にも及ぶシミュレーションによって、共鳴させるべき音域の特定とそれに最適化された形状が検討されました。

風洞実験を担当し、風切り音の検証などで開発に貢献した菊池
風洞実験を担当し、風切り音の検証などで開発に貢献した菊池。

また、ルーバーのように一定の間隔で並んでいるものに風を当てると、特定の周波数の音が共鳴して風切り音が発生します。遮音のための部材が異音を発生させては意味がありません。風切り音については,安全側の評価となる乱れが小さい流れ場を発生させる低騒音風洞装置を用いて試作品による検証実験を実施しました。これを担当したのが研究員の菊池です。

「完成したしずかルーバーは風速24m/sの風を受けても、風切り音の発生は認められませんでした。」(菊池)

「私たち技術研究所が関与する以上、新しいもの、これまでになかったものを生み出したかった。それを具現化したのが三段構えの遮音機能といえるでしょう」と宮島は話します。

しずかルーバーの遮音機構

しずかルーバーの遮音機構

1.パラボラ構造による反射機能(高音域)

先端のパラボラ構造と基部の円弧構造が、進入した騒音を反射させます。(特許出願中/2020年6月現在)

2.スリット共鳴器(中音域)

スリットを介した密閉空間により特定の周波数の音を共鳴させ、音源側に戻します。(特許出願中/2020年6月現在)

3.耐候性吸音材(低〜高音域)

ポリエステル吸音材が騒音を吸収します。不織布により耐候性と防水性を確保しています。

こだわりは「一型で抜ける」こと

さらに、西がどうしても譲れないと考えていたのは、一型で成形できるということでした。

複数の部材を組み合わせた構造では、製作上コスト高になるだけではなく、成形するためにビスなどで固定することが必要となります。屋外に設置する部材は、何万回、何十万回と風によって振動を受けることになり、ビスの使用は、物理的に緩み脱落するリスクを伴います。

西

「耐久性・安全性・施工性、そして生産効率も含めて考えたときに、どうしても一型で抜けるデザイン・構造にしたかったのです」と話す西。彼はアルミに精通するエンジニアとして豊富な実績を持っています。

「アルミの外装材を多用する大規模なプロジェクトを担当した際に、アルミに関してはかなり勉強しました。そのプロジェクト自体はリーマンショックの影響などで頓挫してしまったのですが、今回のプロジェクトは個人的にそのリベンジの意味もありました」と笑う西。

「しずかルーバー」の製造を担当する国内外の協力会社は、西の当時からの仲間とのこと。

「これまで培ってきたアルミ加工の技術と知見を注ぎ込んで、難しい形状をなんとか一型で抜けるようにがんばってくれました」(西)

さらに、最大のテーマであったコストについて、西は次のように解説します。

「これまでの経験から、アルミというのはぶっちゃけ『キロなんぼ』ということがわかっていました。だからこそ、既存の遮音ルーバー製品の価格に疑問を持つことができたのです」(西)

「しずかルーバー」は競合製品に比べると薄く軽く、しかも一型で成形できることから生産効率も高いため、トータルで圧倒的なコストパフォーマンスを実現しています。ボルトの締め付けだけで容易に取り付けできるなど現場での使い勝手も良く、屋根のように上部を覆う使い方も可能と、遮音ルーバーの新たな活用シーンすら切り拓くほどのポテンシャルを秘めています。

西、宮島

西と宮島は「建物以外で形に残るものを作り出せたことが嬉しい」と異口同音に語ります。

「学生時代に騒音の勉強をしたこと、現場でアルミについて学んだことなど、今までやってきたことの集大成になったと思っています」と西がいえば、宮島も「研究開発という意味では自分の代表作といえるかもしれません」と胸を張ります。

西の熱い想いに応え、さまざまな困難を創意工夫でクリアした宮島をはじめとする技術研究所スタッフ。「しずかルーバー」は両者のコラボレーションの結晶として世に送り出されたのです。

清水建設技術研究所屋上にて
清水建設技術研究所屋上にて。