2019.12.11

建設的な未来

清水建設×日本SF作家クラブ
建設的な未来

清水建設と日本SF作家クラブのコラボレーション企画「建設的な未来」は、これからの社会に起こりうる事柄に対する、よりよい未来の「建設」に向けて、私たちができるかも知れないこと、また、乗り越えた先にあるかも知れない世界をテーマにしたショートショートです。

第3話は新井素子さんの『新しいお遊び』です。お楽しみください。

第3話
新しいお遊び
新井 素子

「う・・・わあっ」

マリンシティ・K・1に上陸した瞬間、私は思わず声をだしてしまっていた。

いや、だって、これ、何?これ、凄いよね、こんなの、こんな景色・・・少なくとも今までの私の六十年の人生にはなかった風景だ。

どこまでも広がる、だだっ広い空間。そもそもマリンシティって平らなものなんだから、平らなのはいい、でも、ここまでなあんにもないとは。うん、見渡す限り、建物がまったく見えない。普通のマリンシティなら、中央部に居住用のタワーがある筈なんだけれど、それまで、ない。私達が上陸した桟橋のちょっと向こうに、巨大な資材の山が見えるけれど、あれはどう見ても単なる梱包を解かれていない資材の山だ。

私の隣で、一緒に上陸した男性の一人も、息を飲んでいる。それから、ちょっと遅れて、大きな荷物を抱えた男性二人組も。

「確かに聞いてはいたけど、これは凄い。やられたなー、ここまで、何もないのか」

「最高やん。居住区まであらへんで」

「これは本当にKプロジェクトに期待されてるってことでしょうね」

二人組の男性の後から、ゆっくり上陸してきた女性が言う。それから、その後の女性。

「きゃあ!ほんっとに居住区までないっ!やん、今日、どこに泊まるの?」

「いや、それは任せとってくださいねーさん。自分、趣味で登山やっとりますから、野宿経験、二百七十地球日ありまっせ。や、野宿って、言葉、悪いか」

「野営と言え、野営と。・・・その方が印象悪いか」

この二人が大きな荷物を抱えているのはその為か。

そしてそれから。私達六人のKプロジェクトグループ1を引率するロボットがのろのろやってきて。

「それでは、グループ1のみなさま、わたくしの引率はここまでです。あとは、みなさま方でご自由にお願い致します。念の為、二月分の飲料水と二月分の食料パレットは、このあとわたくしが運搬致します。なお、生命の危機を感じたり、その他我慢できないことがありましたなら、わたくしに御連絡くださいませ。わたくしに限らず、グループ1から100まで引率ロボットは、すべて同じチャンネルで連絡がとれます」

「けど・・・お風呂、は?」

今日、どこに泊まるの?って言った女性が、こう呻く。すると。

「ねーさん、そりゃ、ある訳ない。そーゆーとっから、作るんでっせ」

「それ・・・今日中にできるの?」

「あ・・・いや・・・それは・・・まあでも、海水濾過プラントが資材の中のどっかにある筈だから、時間を貰えれば」

「海水でよければシャワーくらいなら何とか・・・」

「いやん、そんなの、髪がべとべとになっちゃう」

こんなことを言いながらも。私達みんなの目は、きっと、きらきら輝いていたんだろうと思う。さっきから文句ばっかり言ってる女性だって、実は、目が、わくわくしている。

きらきら。わくわく。どきどき。うきうき。そうだ、これから私達は、壮大なお遊びを始めることになるんだ。

二十二世紀にはいってそれなりに時間がたった現在。今の私達の生活って、多分、それまでの地球人類から見れば、画期的にすばらしいものになっているんだろうと思う。(二十一世紀初頭に生まれた、お祖父ちゃんお祖母ちゃん達から、さんざ、昔話を聞かされてきたんだ私。まあ、自分にも孫ができた今なら判る、お祖母ちゃんって、孫に昔の苦労話をしたくなる生き物なんだよね、きっと。)

二十一世紀初頭は、なんだか大変な時代だったみたいなんだ。

政治情勢は結構不安定で、しかも、この頃、地球は活動期にはいっちゃったみたいで。(地震、噴火なんかが結構あったらしい。)その上、温暖化が本気で問題になり、そのせいか、気象状況が安定しない。

まあでも。人類は、莫迦ではないので。ひとつひとつ、問題をクリアしていった・・・って、七年前に亡くなったお祖父ちゃんがもの凄く自慢したんだけれど、これ、別にうちのお祖父ちゃんが解決した訳じゃ、ないよね?(こーゆーのを自慢するのが、お祖父ちゃんって生き物なんだと思う。)

メタンハイドレートの開発、月の開発と月に大規模太陽光発電パネルの設置、深海開発に伴う深海と海の表面との温度差による発電なんかで、エネルギー問題を何とかし、同時に、深海開発とおそろしいまでのピンポイント品種改革で食料問題を何とかし、特殊二酸化炭素吸着素材の開発と進歩により温暖化を何とかし・・・。(一番最後までめんどくさくて、実は、まだ残っている問題が、政治的な紛争の多発だってことが・・・」ほんっと、なさけないっていうか、莫迦々々しいんだけれど、これはもう、人類の宿痾でしょうね。人類滅亡のその日まで、直らないんじゃないかと思うわ。)

んで。中でも、日本が、断固として取り組んだのが、マリンシティ開発なのだ。

マリンシティ。海の上に蓮の葉っぱみたいに、ほよんって浮かぶ巨大な人口島。島の上にはタワー部分があり、そこに植物工場と居住区を持ち、そこでこの島に住むひとの食料のかなりの部分を自給する。そして、バランスをとる為なのかな、他に事情があるのかな、下の方にもおりている部分があり、ここで海産物を自給する。一つのマリンシティは、完全自給自足をやっていることになるんだけれど、それだけではなく。実は、輸出ができるくらい、ここでの生産物は多いんだよね。

しかも。これ、基本、浮島なんだよ。だから、地震が、本質的に、あり得ない。その上、浮島っていうことは、動くことができる訳。万一近所で大地震が発生してしまったら、沖へ逃げる。台風が近づいてきたら、これまた、ゆっくりではあるけれど、その進路から、逃げる。台風のシーズンになったら、ゆるゆると、その位置を変える。

日本というのは。地震、噴火、台風に物凄く痛めつけられていた国だったのだ。だから、“それらから逃げることができる”っていうのは、すさまじく魅力的な話だったらしく、日本は、まるで“国是”みたいな感じで、マリンシティの開発に邁進した。

んで、マリンシティ。まっ平らな、蓮の葉っぱみたいな、海の上に広がっている新しい巨大な人工都市。

まっ平らな処で、一から都市計画を始めることができたのだ、ここでまた、技術の進歩がものをいった。

人間の行動をかなり詳細に集めた巨大なデータがこの頃にはあった。莫大なデータがあり、それを演算することができるシステムがあるなら、最初っからヒトの動線にそって、計画的に都市を作ることができるじゃない。都市を作るんだから、大体基本的な人口の数と予定年齢構成は判っている。とすると、その人口に対して、どの程度の数の病院がどこに必要か、学校はどことどこにどの程度必要か、商業施設はどの程度・・・。

昔の日本で、都市計画がそんなにうまくいかなかったのは、基本、すべての土地に、所有者がいたからだ。一番判りやすい例をあげると、そこに道路を通すことがどんなに有意義であっても、その土地を持っている人の中に一人でもそれを売ってくれない人がいれば、道路は通らない。また、ゴミの処理場、一時産廃を保管する施設等、ある程度の人口があれば絶対に必要な施設であっても、周囲の住民がそれに反対すれば、そういうものをごり押しで作る訳にはいかない。

けれど、マリンシティの場合、平たい何もない土地があるって処から話が始まるので、最初っから、予定人口とその年齢分布を頭において、そういうものの設計をすることができたのだ。

そして、これをやってみたら。実際にマリンシティが完成し、そこに人々が住みだしてみたら。これはもう、お祖父ちゃんお祖母ちゃんにいわせると、信じられないくらい“理想的な居住空間”になったんだそうだ。(私は、生まれた時から普通にマリンシティがあったんで・・・逆に、動線を考えずに、適当にショッピングモールを作ったり、一部の地域に病院がなくなってしまったり、子供が集まらないので廃校になってしまう学校が昔あったっていう方が、むしろ、信じられないんだけれど。)

何たって、動線が、ほんっとに綺麗。そして、楽。(・・・なんだそうだ。)

お祖父ちゃんの昔話によれば、お祖父ちゃんが社会人になった頃は、通勤に一時間やそこらかかるって、普通だったんだって。・・・それ、どんな時間の無駄だ?片道一時間なら、往復で二時間、その頃の人間は通勤の為に時間を使っているって話に、なるじゃない?しかも、通勤に使う電車は大体満員で、立っていること以外、できることがあんまりなかったんだそうで。

一日二時間。ただ、立っているだけに使う。これ、一年にしたら、すっごい時間になるんじゃないかと思う。この時間を、もっと生産的なことに使えたら、それは社会全体にどれ程の潜在力を与えてくれるだろう。

一事が万事こんな感じで。あらかじめ、人間の行動をある程度予測し、それに沿うような形で作られた都市は、生活するのが楽だし、何よりヒトに色々な意味でのゆとりってものを与えてくれたんだと思う。そんで、マリンシティの成功が、あんまり華々しかったもんで、本土(あ、昔からある、動けない日本列島のことを、今ではかなりの数ある、マリンシティの住人は、“本土”って呼んでいる)の連中も、徐々に計画的な都市作りに賛成しだし・・・今では、日本は、ほぼ、計画都市で構成されている。

と、まあ、お祖父ちゃんお祖母ちゃんにいわせると、「まるで夢のような世界だ」って言われる現代社会だけれど。お祖父ちゃんお祖母ちゃんの時代には、想定されていなかった問題も・・・ない訳じゃない。

いや、基本は、いいことなのよ。つまりその・・・医療技術の進歩により、ヒトの平均寿命が、伸びた。そして、ヒトは、かなりの高齢になっても、元気で健康に生きていられる。(私の母方のお祖父ちゃんと、父方のお祖母ちゃんは亡くなっているんだけれど、あとの二人は、百三十一と百十六で、ほんとに元気だ。で、私に孫がいるってことは、この二人にはやしゃごがいるってことなんだよね。やしゃご・・・ひまごの子供だ。お祖父ちゃんの親世代では、そもそも、ひまごに会える程長生きできる人は、かなりの少数派だったらしい。けど、今では、大抵の老人にはやしゃごがいる。)

お祖父ちゃんの親世代では、人は六十くらいになったら、仕事をやめ、隠居生活にはいることになっていたらしい。けれど、こんなに元気な労働力を、六十になったら隠居させようっていうのは、あきらかに人材の無駄なので、お祖父ちゃんの世代くらいから、人は、七十、八十くらいまでは、普通に働くようになった。お祖父ちゃんが子供の頃は、「人生百年」っていうのが普通だったから、八十くらいまで働いて、そのあと、二十年くらいは、隠居して楽しようって。

けれど、実際にお祖父ちゃん達が老人になった頃には。「人生、百二十年」っていうのが普通になった。こうなると、八十で隠居は、ちょっと、ないよね。

で、ここで。問題が発生したのだ。

マリンシティを作る時。人間の動線に関する、巨大なデータが、すでに集められていたってこと、言ったよね。そういう意味では。百歳を超えた人間が、まったく元気で日常生活を営んでいる、しかもそれは例外的に長生きな人なんじゃない、多くの人がそういう状態になっている・・・そういうデータが、只今の社会にはまったくないのだ。

今。慣習的に、百歳になった処で、大抵の人は、仕事をやめて引退生活にはいる。けれど、それは慣習的にそうしているというだけで、実際、百を超えてなお意気軒昂な人は山のようにいる。百を超えると、基本的な生活は、政府が支給してくれる年金で賄えはする。けれど、百を超えた人の中に、その政府の施策に不満を持っている人が、いない訳じゃない。(というか、むしろ、多数派だ。今、百歳を超えて元気な方々は、ボランティア活動に励んでいるのが普通だ。ロボットやAIに任せることができない、けれど、あまり生産性がないので高額の賃金を払うことができない仕事――図書館で昔話や紙芝居なんかを子供に読み聞かせる、とか、囲碁や将棋なんていう日本伝統の遊びを子供に教える、とか、病院で、重い病気を宣告されてしまった人の話をただただ聴く――なんかを、やっている人が多い。)

そんな現状を踏まえて。今、私が参加しているKプロジェクトというものが、できた。