2020.07.20

建設的な未来(日本SF作家クラブ)

コラボレーション企画
建設的な未来

揺れはおさまっていた。だが、窓の外に、宇宙があった。あまりの急転に、誰もが心が追いつかなくなっていた。

ホシノは、ドアが閉まってから何分経ったろうかと考えた。30分もしていないはずだ。その時間で宇宙まで上昇したなら、そうとうな速度だったはずだ。なのに、加速度を感じなかった。異星文明の高度な技術がはたらいたのだ。

ランドが、手首にはめた携帯端末の画面を見て、顔を青くしていた。

「通信がつながりませんな。なんとか外に連絡をとらないと、ここには食料も水もない」

たまったものではなかった。ホシノも、2000人を超える避難民も、こんなところで死ねない。

「誰か、壁を、片っ端から触ってみてください! ご心配なく。ドアが開いて宇宙に投げ出されることはありません。居住空間を、そんな設計にするはずがないので」

大声をあげて、助けを求める。宙を漂っていた人々が、三々五々、壁に触れはじめた。

「宇宙文明だって、まさか住まいを制御不能のただの箱としては作らんですな」

ランドが、携帯端末に入れていた検査アプリを起動した。周囲で著しく高い熱を持っている場所を、探るものだ。宇宙まで都市を飛ばした動力が発見できれば、近くに制御装置が存在する可能性がある。そのランドが、外を見て目を剥いた。

熱源は、宇宙にあった。熱の海に、双子都市は取り巻かれていた。宇宙空間が、今、輝きだしている。

透明になったビルの外壁を通して、よく見えた。双子の都市は、中心がくぼんだU字のように配置されていた。それが、天井同士が合わさることで、中心が筒のようになったO字を作っている。そのO字の中空を、光の滝が流れ落ちてくる。そのゆく先に、巨大な渦が現れていた。

都市の作ったO字の前面に巨大な電磁場が展開して、星間物質を集めているのだ。

まるで漏斗に落ち込むように、光の流れは広大な空間から寄せ集められていた。そして、加速されてプラズマになり、かつての地平線の果てにある、底知れぬ渦に吹い込まれてゆく。

「こりゃ、自然のバザード・ラムジェットエンジンだ」

ランドがつぶやく。ホシノは別の感慨を持っていた。

「鯨が、小エビの群れを海ごと呑み込むみたいだ」

プラズマの川が広場前の通りにそそぐ。その光がコーティングされた町を焼くことはない。ビルの傾きが、ホシノたちの工事で垂直に戻り、磁力の精妙な制御が成立しているのだ。

彼らが修復していた都市のビルは、きっと星間物質を喰らう宇宙鯨のような“なにか”の歯だった。街路は、人ではなく、この光が流れるためのものだった。

異星人たちは、この星間物質のエネルギーを集める歯の内部に、共生していた。そして、歯のメンテナンスをしながら、宇宙を旅したのだ。そして、この宇宙の鯨は、眼下の星で、とてつもなく長い間、歯を治療してもらえるのを待っていたのだ。

ホシノたちの漂う室内空間に、初めて見る文字の列が現れた。異星文明のものだ。誰もその意味を知らなかったが、語りかけられたのだと察した。宇宙鯨は、きっと異星文明と交流していた。ただ、ホシノには、このメッセージの意味が肌感覚でわかった。

——新規案件の発注だ。

そう頭にぴたりとはまった瞬間、とてつもない昂揚に、全身がぞわぞわした。仕事を認められた。今、仕事で価値を提供しあうコミュニケーションが、星の海を移動する宇宙生命体との間で発生しているのだ。

ホシノは人類の前に差し出された文字列まで宙を漂い、それに触れた。これが、宇宙鯨と異星文明のインタフェースだと確信したのだ。人類と異星文明と宇宙生物が、技術で結ばれている。異星文明の遺産である文字列が、注文書のような図を交えたものに変形する。今、人類は歴史的な仕事を受注して、お互いにとって真に価値ある関係が結ばれようとしている。

“それ”が、高層ビルの歯が並ぶ口を大きく開き、歓喜の声で全身を震わせた。圧縮プラズマの供給が途絶えて暗くなった躯体内から、宇宙がよく見える。

人々といっしょに、ホシノも息を呑んだ。

恒星の方向に、惑星を覆う暗黒の雲のようなものがうねっていた。プラズマの鎖で覆われた黒い“それ”は、黒い大蛇のようにも鯨のようにも見えた。漏斗のような磁場によって星間物質を吸いこむたび、心臓が拍動するように、強烈な光の血流が波打つ。その喉の奥には、まるで太陽のような灼熱の塊が煌々と輝いていた。

ホシノたちがいる歯の持ち主は、あの雄渾なものの同種だ。誰もが心を打たれていた。

宇宙鯨の隣には、こぶりな宇宙鯨が伴泳していた。小鯨が開いた口には、歯がまだない。大きな鯨から漏れたプラズマの流れを、乳を吸うように飲み込んでいる。まるで母親と子どものようだ。

その姿に、ホシノは、さっきの宇宙鯨からの依頼がなんだったのか察した。この子にも新しい歯が必要なのだ。だから、新しい共生者へと我が子の歯――新しい都市を発注した。自らの都歯列を建築した異星文明の後継者として、地球人類が認められたのだ。

「世界はでかいな」

人類が修復したビルが、宇宙鯨の吸い込んだプラズマを照り返している。

求められて仕事を果たし、仕事を通してお互いを知り合う。そして、われわれは、未来を建設し、遠くへ行くのだ。

ショートショート
長谷 敏司(はせ さとし)
1974年 大阪府生まれ。
2001年 『戦略拠点32098 楽園』で第6回スニーカー大賞金賞を受賞。
2015年 『My Humanity』で第35回日本SF大賞を受賞。
イラスト
麻宮騎亜(あさみや きあ)
1963年 岩手県北上市生まれ。
アニメーターを経て、1987年に『コンプティーク』(角川書店)に掲載された「神星記ヴァグランツ」で漫画家としてデビュー。
画集に『麻宮騎亜画集』『麻宮騎亜 仮面ライダーフォーゼ デザインワークス』『STUDIO TRON ART BOOK 1993』などがある。
代表作「サイレントメビウス」「快傑蒸気探偵団」「コレクター・ユイ」「遊撃宇宙船艦ナデシコ」「彼女のカレラ」他。
作中に関連するシミズの技術
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