2021.04.19

建設的な未来(日本SF作家クラブ)

コラボレーション企画
建設的な未来

清水建設と日本SF作家クラブのコラボレーション企画「建設的な未来」は、これからの社会に起こりうる事柄に対する、よりよい未来の「建設」に向けて、私たちができるかも知れないこと、また、乗り越えた先にあるかも知れない世界をテーマにしたショートショートです。

第17話は吉田 親司さんの『覇者の四角錐』です。お楽しみください。

第17話
覇者の四角錐
吉田 親司

「覇者の四角錐」イメージイラスト

「親方!ハビブ親方!連絡のあった応援の技師がやっと来たみたいですよ。本当に遅かったですねえ!」

息を切らせて走り寄ってきた部下のサナクトへと向き直ったハビブは、重厚な語り口で応じた。

「下卑た呼び名は神聖なる地への冒涜になる。親方ではなく、より洗練された監督という役職名を用いよと注意したはずだ」

「し、失礼しました。終わりなき旅を続ける太陽神(ラー)に捧げるそれと同等の敬意を持ち、訂正させていただきます。ハビブ現場監督!」

「それで新任の技師はどこにいる?」

「ワークマンズ・ビレッジでお待ちです。監督との面談を希望されておられます」

書記官のサナクトに現場を任せたハビブは、葬祭神殿を抜け、小高い壁で覆われている参道を下った。その先に建設作業員が寝起きする共同体が形成されているのだ。

居住者は200名単位のグループに分かれ、規律のある生活を送っていた。

人が集まる場所には金も集まる。料亭やカフェ、酒場にパブなど労働者めあての店舗が軒を連ね、熱気と活気が漲ってきた。いつしか集落はちょっとした街の風情まで醸し出すまでになっていた。

すぐに出稼ぎの外国人も増えた。多国籍の行商人が行き交うようになると、現地民とのトラブルを回避する必要性が生じ、ゲストハウスがいくつも準備された。長旅の末、ようやく到着した東洋人の技師も、そこで待機しているはずである。

ハビブは内心、面白くなかった。崩壊した石造りのストゥーパ塔を復旧させた腕利きの技師だと聞いてはいたが、あれは異教の寺院にすぎないし、我が国が誇る金字塔とは比較にならないほど小さい。よそ者の知恵を借りなければならぬのは恥辱の極みだ。

ただし、自助努力ではどうにもならないピンチに置かれているのも事実。実利と見栄を天秤に乗せれば、どちらに傾くかは言うまでもあるまい。きっと独特すぎる形状の目尻をした小男だろうが、ここは叡智を搾取しなければ。

しかしながら、ゲストハウスでハビブを待っていた人物は、思い込みとは異なる容姿の持ち主であった。

背はハビブよりも頭ひとつ高く、肩幅も広い。手足も太く長く、見るからに筋肉質だ。短く刈り込まれた漆黒の髪は料理人の如き清潔感を与えており、引き締まった口許と低く小さな鼻、そして眼光鋭い瞳は、見映えのよい表情を形成していた。

「それがしはシンと申す者。どうかお見知りおきを。ハビブ現場監督殿」

太陽に炙られ日焼けした肌の男は、丁寧に合掌して続けた。

「貴国が推進中のビッグ・プロジェクトに参加できるのは名誉なこと。微力ながらも我が知見を提供できたならば、これに勝る喜びはございませぬ」

根拠なき自惚れに浸る者は好かないし、また過度にへりくだるような奴にも我慢がならないハビブであったが、シンの態度はそのいずれでもなかった。

「聞けば、金字塔のトップに据えるべきモニュメント――すなわちキャップ・ストーンの運搬に目途が立たたないとのこと。目下、最大の難関はそれでしょうや?」

発音には訛りや癖が微塵もなかった。彼からすれば外国語になるのだろうが、よくマスターしたものだ。己という存在を強固に形成した男だけが発する堂々たる態度に、ハビブは()()されたものの、すぐにこう返したのだった。

「キャップ・ストーンといった無味無臭な名前は、神聖な金字塔にふさわしくない。より洗練された“ベンベネト”という単語を用いてはくれぬか」

「丁寧なご教示、痛み入ります。知らぬこととは申せ、粗相をしたのは我が身。()つなり蹴るなり、お好きなように」

「無知を鞭で糾弾するほど野蛮ではない。むしろ無知なのは当方かも知れんよ。なにしろ東洋の最新鋭技術に縋り、窮地を乗り切ろうと欲しているのだから」

薄い唇を少しだけ歪めたシンは、満更でもないといった口調で返す。

「高評を賜り恐悦に存じます。ただ、それがしが思いまするに、金字塔の修復には我らの石工技術よりも、貴国の(いにしえ)の技師が成し得た偉業を応用すべきではないかと」

シンは骨太な人差し指を窓外に向けた。そこには、世が世なら衛星軌道上からも確認できる数少ない建築物が鎮座している。

金字塔――すなわちピラミッドだ。

エジプト古王国から中王国にかけて多く建造された人造の霊峰は、巨石文明の嚆矢かつ頂点であった。しかし、押し寄せる年波には勝てず、外装はそこかしこが破損し、一部は崩壊も始まっている。

盗賊による被害も深刻だ。特に金箔でコーティングされたトップのベンベネトは何度も荒らされ、見る影もない有様だった。

これは由々しき事態である。金字塔はエジプトのみならず、人類の宝なのだ。その保全は今を生きる者の責務。最低限でもギザに位置するクフ、カフラー、メンカウラーの三大ピラミッドだけは、流麗な形象を守り抜かなければ。

政権トップはそう判断し、苦しい財政から修繕費を捻出した。復旧工事にゴーサインが出されるや、石工として二五年のキャリアを積むハビブが召され、今また異邦人のシンが助っ人外人として招聘されたわけである。

「先祖を賞賛してくれるのは嬉しいが、成し得た偉業とは具体的になんだろうか。大いなるファラオが残した遺産であり、同時に負債でもある巨大な四角錐には、あまりに不明点が多すぎる。ホームグラウンドの我らでさえ建造方法を把握しているとは言い難いのだ。あるいは異邦人の貴殿なら、まったく別の視点から謎が解けるのかも知れないが」

「それがしは故国サーンチーのストゥーパ塔の補修に携わりました。ピラミッドには敵いませんが、やはり石造りのドーム状建築物です。工事が進めば進むほど、上に石を積むのが難しくなります。土台と滑車と梃子と根性を総動員してなんとか形にしましたが、ギザに来て理解しました。こんなスケールで石を積み上げていくには、常識外の知恵が必要であると。
ハビブ殿にお伺いしたい。偉大なる先人たちは、ピラミッド最上層部にまで巨石を積み上げるために、どのような方法を用いたとお考えでしょうや? 奴隷を用いた人海戦術では困難かと思いますが」

「ピラミッド建造に奴隷はほとんど関与していない。職人とボランティアが大半だ。王墓の建立に携わるのは名誉なことであるし、来世での成功が約束されているから、不満は出なかったらしい。また農閑期の失業対策という一面もあった。言わば公共事業だな。
ばつが悪いが、その問いに正解で応じることはできない。引力に逆らって重量物を運搬するには、専用の傾斜路が必要だったろう。だが、仮に建造したところでせいぜい中腹までが限界だ。土台の建造にはピラミッド本体よりも時間と手間がかかりそうだよ。
先人がどうやって天辺までベンベネトを運び上げたのかは見当もつかない。他の太陽系から飛来した宇宙人が知恵を授けたとの珍説もあるにはあるがね」

「推論を披露する機会を頂戴したい。それがしが思いますに、ピラミッド内部には必ずや螺旋状の回廊がありましょう。切り出した石を運搬するためのトンネルでございます」

「断言してもいいが、そんなものはないぞ」

「完成と同時に岩と砂で巧妙に埋めてしまったのでは? ただし構造計算をすれば、およその位置は特定できます。そのトンネルを復旧させ、ベンベネトを運搬するのが最善の策かと愚考いたしまする」

腕組みをしたままハビブは黙考した。

突飛すぎるアイディアにも思えるが、筋は通っている。もしもシンの説が本当であるならば、大幅な工期短縮が期待できるではないか。

ピラミッドの表面は白亜の石灰岩で隙間なく覆われており、階段はない。天頂部のベンベネトを交換するには、まず白く輝く外壁を縦一直線にはぎ取り、頂上まで到達する歩廊を作らなくてはならないが、日程と予算超過は確実だ。

「螺旋状の回廊か。2000年前に建設されたピラミッドには、まだ秘密が埋もれているのかも知れないな」

「それがしが勘考しまするに、2000年後の子孫たちも似たような台詞を口にしていることでしょう。この金字塔は、解き得ぬ永久のミステリーを提供し続けていくのではありますまいか」

「同感だ。なにしろ世界七不思議のひとつに数えられる遺跡なのだ。そう簡単にすべての謎が解けては面白くあるまい。そして我らも挑み続けなければ。たとえひとつでも真理を究明し、子孫の負担を減らしてやろう。
早速だが、計算を願いたい。封鎖されている回廊の出入り口の目星をつけて欲しいのだ。もちろん内部の自由行動も認める。まずはクフ王のピラミッドをくまなく調べ、なんとか手掛かりを・・・」

ハビブが言い終わらぬうちに、ゲストハウスに駆け込んで来た者がいた。サナクトだ。