2021.05.17

建設的な未来(日本SF作家クラブ)

コラボレーション企画
建設的な未来

清水建設と日本SF作家クラブのコラボレーション企画「建設的な未来」は、これからの社会に起こりうる事柄に対する、よりよい未来の「建設」に向けて、私たちができるかも知れないこと、また、乗り越えた先にあるかも知れない世界をテーマにしたショートショートです。

第18話は門田 充宏さんの『恋する海中都市』です。お楽しみください。

第18話
恋する海中都市
門田 充宏

「恋する海中都市」イメージイラスト

グランドエントランスは、立錐の余地もないほどの人で埋め尽くされていた。

ちなみに正確な人数は7948人で、居住者の約96パーセントにあたる。これほどの人数が一堂に会したのはもちろん初めてで、あたしはその光景に素直に感嘆した。

スーツや作業着姿の人もいるけれど、ほとんどの人たちは思いっきり派手な衣装を身に纏っている。原色を散りばめたドレス、びっくりするくらいクラシカルなフロックコート。かと思えば記録映像にモザイクかけたくなるくらい表面積が少ない水着姿、映画やコミックから飛び出してきたかのようなコスチュームは多分手作りで、無茶苦茶に凝っている。

統一性皆無のカオスな空間はお祭り騒ぎだった。みんなの顔は期待と興奮とちょっとの不安のミックスで、誰も彼もがぺちゃくちゃ熱心に喋りまくっている。とてもじゃないけど落ち着いてなんていられない、って感じ。まあそれもしょうがない。なにせ今から始まるのは、世界で初めての都市の、世界で初めての挑戦。そしてここにいるのはみんな、この日のためにずっとずっと頑張ってきた人たちなんだもの。

もちろん何度もテストしてきたし、通しのシミュレーションだって成功させはしたけれど、実際に実物でやるのはやっぱり違う。テストじゃ上手くいったのに本番じゃ、なんて悔しい思い、残念ながらここにいるみんな、ひとり残らず一度や二度は経験済みなんだ。

だから、うん、どうしたって不安が残っちゃうのはわかる。でも今回は絶対大丈夫、とあたしはリアルタイムで入力され続ける膨大な視覚情報をなんのストレスもなく処理しつつ、心の中であなたに呼びかける。ほら、あなたのとても、とても複雑な心情を反映した表情だって、あたしはこうして余すところなく捉えてその意味することを推測することができる。不安を消し去るために音楽をかけたり温度を調整したり、なんだったら化学的なアプローチだってとることもできるけれど、でもそんなことしない方がいい結果になるってことだってわかってる。

もちろんこうしている間もあたしは、あたしに接続され管理を委ねられている膨大な処理系が刻一刻と報告してくるすべての情報を受け取り分析し理解して適切な判断を下し、処理し、その結果をフォローアップし続けていて、それでもあたしの負荷率は15パーセントにも達していない。つまり、全く完璧に余裕、ってこと。

だからきっと大丈夫。あたしはあなたのことをずっと見てきたもの。あなたを守り、あなたを幸福にすることこそがあたしの喜び。あたしは絶対あなたの期待を裏切らない。

あたしはプロトワン、Blue Spiral Prototype-One。表面積の七割を海が占めるこの惑星で、はじめて創られた海中都市を司る高度制御AI。

目覚めたときからずっと、あたしはあなたに恋してる。

自慢じゃないけど、あたしはちょっとナイスバディだ。

頭は直径200メートルの完璧な球体で、ブルーガーデンって呼ばれてる。超絶頑丈な樹脂コンクリートのフレームに一辺五十メートルもある正三角形の透明アクリル板がぴっちりはめ込まれてて、まるでステンドグラスみたいなその外観はまさに美麗のひと言。その球体の中心部にある砂時計みたいな形のタワーがあたしの、つまりプロトワンの主要機能が集約されている階層都市なんだけど、これは同時に球殻を支える補強材としての役割も果たしてる。すごいよねこの設計っていうか発想。あたしこれに気づいたとき、これ考えたあなたホント天才かって思ったもん。この構造であたしの頭は、水深200メートルの水圧にも耐えられてるんだもの。

ボディのほうがまたホントすごくて。インフラスパイラル——頭のすぐ下から海底までずうっとのびてる完璧な螺旋構造が、あたしのいわば体。この中を通って、海底で採掘された資源が毎日のようにブルーガーデンまで運ばれてきてる。

資源を運んでくる軌道車のモニタ映像を眺めるのは、あたしの密かな楽しみのひとつだ。最初のうちはずうっと深海の真っ暗闇、それが最後の最後にほんとうに微かに、でもはっきりと太陽の光が差し込んでくる。その瞬間にぱあっと変化する海の色、その豊かさを美しい以外になんて言えばいいのかあたしは本当にわからない。きっとあなただったら、何か詩的な表現ができるんだろうけど。

もちろん美しいものやいいことばっかり、ってわけじゃない。あたしがいるのは太平洋の深海平原上で、比較的安定してはいるけど、それだって海上では常に風が吹き、波は永遠に収まることはなく、雲以外遮るもののない太陽は海上に出てるあたしの頭頂部を昼の間中ずっと容赦なく照らし続けてる。

でもそんなのは、実はたいしたことないほうなんだ。

一番大変なのは、太平洋上で生まれた後、なんの障害物にも遮られることなく真っ直ぐ突っ込んでくるやつ。つまり、そう、台風。

暴風雨時対応動作試験。それが今日のお祭りのテーマだった。

ここは太平洋上、風も波も遮ってくれるものなんて何もない。でもあたしの中には、絶対に傷つけちゃいけない8000人以上の居住者がいる。

台風が直撃すると予想されたとき、どうやってあなたたちを守り通すか。

そのためにあたしに与えられたのが、海水面下沈降機能だった。文字通り、あたしのパーフェクトな頭部を海水面より下に沈めちゃうという能力だ。水中に充分潜ってしまうことができたら、海面で吹き荒れる巨大嵐だって分厚い海水層によって阻むことができるからだ。

もちろん実際にやるのは口で言うほど簡単じゃない。だって、直径200メートルの中に空気が詰まってる球体を、真っ直ぐ海の中に沈めるんだよ? その球体の中にはあたし自身も含む大事な施設と居住者、何より大事なあなたがいるんだよ? どっか一箇所でも割れたりするのはもちろん、傾いたりひっくり返ったりしても大惨事だし、斜めって沈んだりしたらインフラスパイラル壊しちゃうかもしれないし、そしたらあたしはともかくあなたに何が起きるかって思うと、もうとにかく超絶緊張しちゃうでしょ。

もちろんそれは、あたしの中にいる8000人も同じこと。無人でのテストは成功させたけれど、有人での実施は今日が初めてだ。万が一ってことがないとは言えない。それでもみんなはあたしを信じてくれて、一抹の不安をお祭り騒ぎでかき消して、成功したらお祝いしようぜってグランドエントランス、普段は海上と同じ高さにある真円形のパブリックスペースに集まってくれた。

いつもなら太陽を求める人々が散策する公園と来訪者対応のブースが並んでいるエントランスには、試験対応要員を除くほとんどの居住者が集まってきてる。ここでなら、あたしの頭が——つまりブルーガーデンが水面下に沈むのを一番実感できるからだ。

試験開始のカウントダウンが始まる。あたしはエントランス内に設置されたモニタカメラと、状況監視のために飛行させている200体のドローンの一割をあなたの見守りに回した。あなたの表情に緊張の色が濃くなるのがわかる。それが不安じゃなかったことにあたしは喜びを感じる。

3、2、1——みんなが声を合わせてくれてる。そしていよいよ、ゼロ。