2021.10.18

建設的な未来

清水建設×日本SF作家クラブ
建設的な未来

清水建設と日本SF作家クラブのコラボレーション企画「建設的な未来」は、これからの社会に起こりうる事柄に対する、よりよい未来の「建設」に向けて、私たちができるかも知れないこと、また、乗り越えた先にあるかも知れない世界をテーマにしたショートショートです。

第22話は荻野目 悠樹さんの『修造の未来』です。お楽しみください。

第22話
修造の未来
荻野目 悠樹

難問であったが、ここまで苦戦するとは、木幡はまったく想像していなかった。

(いったい、どうすればできるんだ?)

配属された先にいた上司の根津は、穏やかな人物だったが、部下の案に容赦なく『駄目』を出した。

根津と初めて直に顔を合わせたのは、1ヶ月ほど前である。観測史上最悪の風台風と言われた11号が首都圏を襲ったあとだった。

1ヶ月前・・・

街の一角に、小さい広場が設けられている。一台のドローン・タクシーが、上空から垂直降下してきた。

根津が下りてくる。

五分刈りの頭部や白い顎髭と顔に刻まれた皺が年齢を表していたが、鋭い眼光と分厚い体躯は、老人に分類しがたい。

現地集合ということだったが、空から降りてくるとは・・・。

「木幡くん、いこうか」

上司は先立って歩いていく。

高層ビルの建て替えが進み、東京の街は、ここ10年で大きく様変わりした。

糸の形状をした『ソーラーチューブ』が建造物の周囲に、文字通り糸のようにまとわりついている。建物内の電力供給を賄い、柔軟性があって、ビル全体を構造面でも補強する。ファサードを見ると、着物で着飾っている長身モデルのシルエットに見えないこともない。

施設を高層部に集中させる一方、周囲を広く低層にして、空が広く見えるようになった。

広大な大地の上で、高層ビルがファッションショーをしているかのようだ。

ふたりは、そんなビルの合間を走る表通りを進んでいった。強い日差しで歩くだけで汗が滲む。夏のこの時刻、歩く都民はいない。歩行者は、地下を移動する。

十字路に達すると、異質な景色が見えてくる。22世紀をもうすぐ迎えようという時代、東京という世界先端ハイテク都市・・・その只中にある異空間だ。

朱色の大鳥居だった。

ふたりは、一礼したのち、鳥居をくぐった。とたんに静謐な空気に包まれた。

根津は先立って、石段を軽快に登っていった。六十代の年齢と思えない足腰の強さだった。

高台となっている平らな境内の先に参道がつづく。倒れた幾本もの樹木が否応なく視界に入った。

二之鳥居をくぐった石段の先に、工事パネルで組まれた四角い箱が鎮座していた。関係者以外立入禁止の立て札が設置されている。パネルの一部を開け、木幡らは内側に入った。

木材の廃材が積み重なっている。

この神社の正門のなれの果てだった。

嘉永年間に建立され、その後空襲で消失したが平成時代に再建され、百年を迎えようとしていた。

突風が吹いた。パネルが軋み、耳障りな音を響かせる。

首都圏で暴れまわった台風11号の暴風は、この地に建っていた文化財を一晩で倒壊させたのである。

文化財の修復には、大きく分けてふたつの方法がある。

大雑把に言えば、旧来のあるべき姿にもどす『復原』と、新材でかつての姿を再建する『復元』だ。

「まずは、木組みで考えろ」

根津から受けた最初の指示だった。

「前回と同じく『復原』ということですか」

平成時代の再建時、先達たちは、旧建造物の素材で使用可能な部分も再利用し、やむを得ない場所は同じ素材を探して建材とし、工法も再現して建造した。

「しかし、平成時代とは、環境があまりにも激変しています。今回首都圏を襲った台風11号と同レベルの強風を受けた場合、木組みではもちませんよ。最悪の場合、今回と同様に倒壊してしまいます。旧材の再利用はさらなる強度不足を招く危険もあります」

「まずは、と言っただろ。安易に『復元』に走っていいのか。ものは『文化財』だ。普通の建造物とは違うことを肝に銘じる必要がある。ただ造ればいいというものではないんだ」

上司の方針に逆らうわけにもいかず、木幡は他のメンバーと検討に入った。

「既存技術では、どう計算しても、強度が足らん。技術面がクリアできるなら、私も『復原』案には賛成なんだがね」

工務担当の笠間が意見を述べた。

「それに、良質の木材の入手はかなり難しいわよ。昨今の地球環境の激変で、木材市場も高騰しているし。ざっと試算したけど、仮に同じ材質の木材を確保できたとしても・・・予算がまったく足らないわね」

事務担当の伊波である。

技術面でも予算面でも、資材調達からも、木組みでの実現は不可能ではないか。木幡は内心で天を仰ぐほかなかった。

1ヶ月がたち、木幡は覚悟を決めて、ひとつの案を根津に披露した。

「木造ではなく、別の建材で、とにかく外見の再現を最優先事項として『門』を再建する」

が、そのプランだった。

上司の凄みのある目で、木幡は思わず怯んでしまう。

「今の『門』がある場所に木造建築物を建てるのも現実的ではありません」

内心で己を鼓舞して声を絞り出した。

「原形回復の『復原』でも、新材を使った『復元』でも、木組みでは、どれだけ頑健に設計しようと、限界があります。今後先日の台風11号並みの風に襲われれば、木造ではひとたまりもありません」

腕組みして目を逸らさない根津に、木幡は提案した。

「これを御覧ください」

木幡は端末を操作し、皆の中心にホログラムを投影した。

蛇のような外観の大型ロボットの映像である。

「わが社で開発した最新型の3Dプリンタです。スネーク・プリンタと呼ばれています」

木幡は説明をつづける。

「室外で使用する、建築用として開発されたものです。早回しで実際の動作をご覧ください」

蛇型ロボットが実際に動く様が映し出される。口にあたる部分から流体の材料をだす。ロボットは、まさに蛇がかま首をあげるように形を変え、高く柱を成形していった。

「通常の3Dプリンタは機械自体のスケール・・・フレーム幅と奥行きで、成形物には大きさの制限があるのですが、これには限界がありません。内蔵プログラムの精度も現在最高性能で、細部までの成形が可能です。さらに成形素材には従来の強化樹脂ではなく、私が3年前に所属した部署で研究していた新素材を使います」

コードネームで『アンバー』と命名された新素材の説明をした。強度は従来品より数倍を誇り、しなやかさも併せ持つ。さらに耐用年数も遥かに長く、劣化もほぼない。

「分子構造に特徴があり、従来樹脂を遥かに上回る細かい細工が可能です。3Dスキャンで、分解してしまった『門』の瓦礫のひとつひとつのデータを取ります。過去の『門』に関する写真や資料、現存する限りの設計図も入力します。後は、AIがデータ解析して作成した立体図を、このスネーク・プリンタと『アンバー』で、『門』の形を寸分違わず再現できます」

「ある意味、実物大フィギュアだな」

と、笠間が溜息まじりに囁いた。

「値段は、鉄筋コンクリート造よりは上回りますが、木造よりは遥かに安く、予算内で十分に収まります。強度も要求水準に達するでしょう。『門』全体をひとつの物体として成形すれば、強風を受けても木造のように分解することはありませんし、風で物体が飛んできて衝突があっても少しの傷ですみます」

根津は表情を変えず、伊波と笠間は興味津々といった顔だ。

「面白いが、この案で、お客様に受け入れていただけるかどうか」

笠間が発言した。

「そもそも文化財の修復とは、オリジナルを尊重することが大前提だ。旧材が使えなくとも可能なかぎり同じ資材を使い、無理ならできうるかぎり近いものを探す。オリジナルの再現を極力目指すべきじゃないか」

笠間の意見は、『復元』であっても、極力『復原』に近づけるべきであるということか。

「10年前ならそれでよかったけど。いまでは状況があまりに違うでしょ。あんな暴風を引き起こす台風が首都圏を直撃することも想定されなかったし。この点、木幡くんの提案は正しいと思うけど」

伊波が援護射撃をしてくれた。内心で感謝の手を合わせる。

「今度、施主の方との会合がある。木幡も出席するんだ。一応、現段階での案の説明をしてくれ」

根津が言った。満足した顔とは程遠かったが・・・。

木幡は、施主である神社の代表に、根津とともに会った。

「あくまで一案ですが」

と根津は念を押して、木幡に再建案を説明させた。

説明の後、施主の代表は溜息をついた。

相手は、事務方の責任者である榛名という人物である。()()の位階にあるそうだが、背広姿で神職という雰囲気はなかった。年齢は根津とさして変わらぬようで、少し溜息も漏らした。

「木組みでは、予算的にも強度的にも難しいわけですね。・・・予算は現在の額が目一杯です。行政からの援助金も、支援者からの寄付金もこれ以上の増額は無理でしょう」

榛名は、宮司をはじめとして、氏子、関係者と相談が必要だから、もちかえらせてくれと言って会合は終わった。

午後、ふたりは木幡が数年前に所属していた研究所に直行した。かつての上司や同僚たちが出迎えてくれた。

新素材の実物が個室に用意してある。

四角柱に成形されたものや、細かい細工の人形や、日本家屋の模型など。

「これが新素材か。無色透明なんだな」

「通常の塗料も塗れますよ。成形したものに色を塗れば、見た目は区別がつきません」

と木幡は、四角柱の形状をした素材を指差した。

根津は、童心に帰ったように好奇心を隠さず質問を重ねる。新素材だからと否定する人物ではないことを改めて感じた。

「技術的には称賛すべきものだが・・・」

根津は案内役に声をかける。

「たのんでいたものを見せてくれ」

「別に見るものがあるんですか?」

木幡の質問に、根津は肯く。ふたりが導かれた別室にあったのは、1本の木材だった。杉だ。木目が綺麗で、表面の艶は見事だ。名工の鉋による技の成果だろうか。

「この研究所の木材技術部門の成果ですよ」

と担当研究者が言った。

「触っても?」

根津が言うと、許可がでたので、ふたりは指で触れた。

「見ても触っても木材だな」

「根津さん・・・その言い方、これ、どう見ても木材ですよね?」

「木材です。特別製ですよ」

と研究員が自慢気に言った。

「仮に、『クローン・ウッド』と呼んでいます」

木幡は、思わず、その名称を復唱した。

「木材の組成を分子構造レベルで再現したものです」

「・・・すごい再現度だ」

木幡は思わず、根津を見つめた。

この素材があれば、現状難しくなっている良質な建材の調達も可能になる。伝統工法を駆使して、木造文化財を『復原』できるようになるのではないのか?

「あくまで実験品です」

と研究員が言った。

「木の組成を再現はできたんですが、強度はまだまだです。しかも、製造コストは高額です。現状の試算では、大量生産できたとしても同じ大きさの木材の十数倍の価格になります」

昂揚した気分はすぐに落胆に変わった。

異常な暴風に耐える強度は得られないし、値も張ってしまう。

現段階では、未来の技術ということか。