2018.10.22

先端技術探訪

3Dプリンタが建設業の「あり方」を変える?

3Dプリンタが建設業の「あり方」を変える?

3Dプリンタは、3次元CADデータを元に熱可塑性樹脂、金属、石膏、コンクリートなどを材料として、層状に立体物を造形する装置です。高価で製作に時間のかかる金型なしに造形ができる利点を生かし、製造業をはじめとするさまざまな分野で検証用の試作やモックアップ作成などに利用されています。

また、部材の組み合わせでは製造困難な、複雑で精緻な造形が可能なことから、個別対応が必要となる義手や人工骨の製造にも利用されており、医療分野においても今後重要度が増していくものと思われます。

3Dプリンタは「自己複製する機械」となり得るか?

建設分野では、プレゼンや施工シミュレーションを目的として利用されることが多い3Dプリンタ。例えば、清水建設が導入している米3D Systems社の大型3Dプリンタは石膏を材料に着色機能も備えたもので、その極めて精緻な造形は見るものを驚かせるでしょう。

海外では、コンクリートを材料とした大型の3Dプリンタで実際の構造物を作る試みも行われています。アメリカ海兵隊では、10人で5日かかっていた約46m2の兵舎建設を3Dプリンタが40時間で建設する実証実験に成功しています。強度面やコスト面での確認が必要な段階のようですが、実際の建設工事で3Dプリンタを利用する未来が着実に近づいていることを感じます。

ところで最近、チェコのメーカー(Prusa Research社)から「自分自身を作る3Dプリンタ」が販売されていることをご存知でしょうか?これは「RepRapマシン」と呼ばれているもので、すべての部品を作成したり、組み立て自体が自動化されているわけではありませんが、「自己複製する機械」の原型とも言えるものです。

わずか400万年で銀河系の星々に拡がるフォン・ノイマン・マシン

もしも、建設分野で利用可能なほど大型で組立工作機能をもったRepRapマシンが、材料も現場で調達できるようになれば、どんなことが可能になるでしょう?

この考えを最初に提唱したのは、プログラム内蔵方式という現代コンピュータアーキテクチャの基礎を提唱した数学者であるジョン・フォン・ノイマン。その名前をとって、RepRapマシンをはじめとする自己増殖機械を「フォン・ノイマン・マシン(VNM)」と呼びます。

VNMは、物資の輸送に莫大なコストを必要とする宇宙開発において、その威力を発揮します。例えば、月面に基地を建設したいならば、材料や機材、人間を地球から運ぶ必要はなく、たった1台のVNMを送り込むだけです。VNMは、勝手に月で材料と動作のためのエネルギーを見つけて、自分自身を複製。複製されたVNMもまたその複製をつくり、ある程度数が揃うと基地建設を開始するという感じです。さらに月での基地建設を終えたら、今度はロケットをつくって火星へ向かい、そこでも基地を建設。これを繰り返せば、太陽系はもちろん、銀河系の至るところに基地を建設することができてしまいます。

仮に天体間を光速の5%で移動できれば、われわれのいる銀河系を制覇するのにかかる時間は400万年と言われています。400万年はとんでもない時間に思われるかもしれないですが、銀河の大きさが直径10万光年であることを考慮すれば、時間あたりの拡散率は非常に良いと言えます。もちろん、VNMが建設してくれた基地に、実際に人類が到達できるかどうかは別の問題ですが。

自己複製機械が建設業界のデジタルトランスフォーメーションを次の段階へ進める

宇宙にまで妄想を広げなくても、地球上の未開発地域でもVNMは使えます。

ジャングルや離島、洋上メガフロート、深海など、建設技術と自己複製機械が結びつくことで建設可能となる場所や建設物はいくらでもあります。また人手不足となる日本でも、身近なところからVNM的なアイデアが応用されることを期待したいものです。最近では、「デジタルトランスフォーメーション」という言葉がよく聞かれますが、デジタルは複製を繰り返しても劣化しないことが特長の一つであり、VNMはその究極の形とも言えます。

デジタルトランスフォーメーションは2004年にスウェーデンのストルターマン教授が提唱した概念で、その定義は「デジタル技術を活用することで、従来の産業のあり方を変える」です。建設業におけるデジタル化は施工計画や管理から始まり、現在はBIMやCIMと呼ばれる属性情報と関連付けられた3Dモデルが一般化しつつあります。こういった3Dモデルで計画を行い、施工の進捗に合わせて、属性情報を取り込むことでインタラクティブな管理を行う。また、そういった属性情報の変化に合わせて動くインテリジェントな建設機械も登場してきています。例えば、小松製作所は、デジタル化された図面データや計測した土地形状データをもとに、遠隔から運用可能な建設重機を発表しており、場合によっては自動運転するなども可能にしています。

こういった流れは、施工管理の「あり方」そのものを大きく変革する可能性を秘めており、これまで言われてきたいわゆる3K(きつい、汚い、危険)とはかけ離れた労働環境を、建設業界にもたらしつつあります。さらに、3Dプリンティング技術を使うことで必要な部材を現場で動的に生成できるようになれば、建設業界のデジタルトランスフォーメーションは、次のステージへと進んでいくことでしょう。

3Dプリンティング技術の応用が建設業界にどのような未来をもたらすか、大いに期待したいところです。

松田 孝
有限会社グラスパブル 代表
株式会社デジタル・アド・サービス 取締役