2019.06.17

先端技術探訪

生物を模倣する、バイオミメティクスの進化の果てとは

バイオミメティクスという言葉をご存知でしょうか。科学・技術分野のニュースを熱心に追いかけている人なら「あぁ、あれね」と膝を打つかもしれません。日本語に訳すと「生物模倣技術」。貼ってはがせるテープに応用された「ヤモリの足先」や超撥水を実現する「ハスの葉」など、生物の優れた機能や仕組みを人工的に再現し、工学、材料科学、医学など、さまざまな分野に取り入れることを指す言葉です。

カタチを真似る、構造を真似る

このバイオミメティクス技術、大きく分けると「形状の模倣」と「構造の模倣」に分類できます。形状の模倣の例としては、カワセミのくちばしのカタチを模したことで空気抵抗を抑制し、高速でトンネルに侵入した際の圧縮波と騒音を低減させた新幹線500系先頭車両のデザイン、トンボの羽根をヒントに、台風にも耐える強度と極小の風でも回転する効率性を両立させようとしている風力発電のプロペラなどが知られています。

自然の精妙なデザインを真似ることで、優れた特質を得ようとする試みといえるでしょう。

一方、構造の模倣はもう少し複雑です。たとえばハスの葉。泥の中で育ちながら、その葉が水を弾き汚れを流し落とすことは古くから知られており、ヒンドゥー教では純粋さや善性の象徴とされていましたが、それがなぜなのか判明したのは1982年と比較的最近のこと。顕微鏡に代表される観測機器の発達により、観察・観測の精度が上がり、肉眼では見えなかった構造が見られるようになってからのことでした。

ハスの葉の表面は疎水性を備えた微細な凹凸構造になっており、これが水を弾く超撥水効果をもたらしていたのですが、これを人工的に再現するには、さらに製造技術の発達を待つ必要もありました。

バイオミメティクスのレベルを引き上げる科学の発達

バイオミメティクスは、その概念が定義されるようになった1950年代後半頃から、定期的にブームと呼べるようなムーブメントが起こっており、近年もドイツを起点に何度めかの盛り上がりを見せていました。その背景には、21世紀以降の科学技術、特にICTやナノテクノロジーの爆発的な発達があります。これまで以上に自然現象を観察・観測する分解能が上がり、同時に生産や製造の精度も飛躍的に向上したのです。

そんな成果の代表例としては、蛾の眼の凹凸構造(モスアイ構造)を模倣したフィルムの製品化が挙げられるでしょう。このフィルムは光の反射を抑制する機能を持ち、貼った場所の透明度が大幅に高まるそうです。蛾の眼の表面がどんな形状になっているかなんて、観察の精度が高くなければ知りようがなかったことですし、さらにそれを工学的に再現して大量生産するにも、相応の技術の発達が必要だったわけです。

さらに最近の研究によれば、モスアイ構造の上ではアリが歩けなくなったり、カビが生えないということも明らかになっているとか。その機序の解明はこれからのようですが、原理が明らかになったあかつきには、まったく新しいコンセプトの虫よけ・除菌製品が生まれるかもしれません。

建設現場にも活用されるバイオミメティクス

清水建設にもバイオミメティクスにヒントを得た独自技術があります。コンクリート施工時に使う型枠の表面(コンクリートに触れる面)に、ハスの葉の表面構造を模した超撥水処理を施す「アート型枠」というもので、当初は型枠をコンクリートから外す際の離型性の向上を期待していました。

ところが実際に試してみると、超撥水効果の恩恵でコンクリート表面の気泡が抜けやすくなり、打放しでも表面がきれいに仕上がるため、脱型後の加工が不要になるなどのメリットがありました。

さらに、型枠の表面の模様がコンクリートに転写されることも明らかに。たとえば型枠材に木目の美しい杉板を使用すれば、その木目が美しく転写されたコンクリートが仕上がります。しかも、低コスト、短工期といいことずくめ。自然に学ぶのはやはり大事なことです。

生物のように自己修復するコンクリート?

このように、素晴らしい効果を発揮するアート型枠ですが、開発者によれば超撥水機能の耐久性にはまだ難があり、その解決は次なる研究開発テーマのひとつとのこと。現時点では超撥水剤を再塗布する以外にその機能を復活させる方法はないのですが、ハスの葉は何らかの方法で超撥水機能をセルフメンテナンスしているはずです。

そんな自己修復の機序を解明し、その機能を人工的に再現することが可能になったら、アート型枠の超撥水機能もセルフメンテナンス型に進化させることができるかもしれません。すでにゴムやポリマー、セラミックなどの材料工学の分野では自己修復機能を備えたものが開発されつつあるとの話も聞きます。

そう考えると、形状や構造が模倣の対象だったバイオミメティクスの次なるステップは、自己修復や自己組織化といった機能の獲得になるのではないでしょうか。

そして、そんな技術が成熟した近未来では、コンクリートそのものに自己修復機能を持たせることも考えられます。災害などで損傷しても自己修復し、建物としての強度を確保し続けるコンクリート躯体――生命を模倣するバイオミメティクスの進化は、そのような、生命そのものといえるような構造体を実現するのかもしれません。

野崎 優彦
さまざまな企業のコミュニケーション活動をお手伝いしているコピーライター。株式会社モーク・ツー所属。