2019.11.11

建設的な未来(日本SF作家クラブ)

コラボレーション企画
建設的な未来

ただでさえ困難な状況に陥っていた小説家にとどめを刺したのは、人間の少子高齢化に伴う人口減少と居住区域拡大に伴う労働力不足をカバーすることを目的として開発された、膨大な量の高性能AI搭載人型ロボットの社会進出及び浸透だった。

高齢者の介護や乳幼児の保育補助からスタートした彼らは見る見るうちに進化を遂げ、今や見た目は人間とほぼ変わらず、能力では既に人間を大きく上回る。工業・商業・医療・福祉といったほとんどの産業において彼らの存在は人間の労働力を不要とし、人間に取って代わり、一般化した彼らは人間に混じって生活し——いやむしろ、人間が彼らに混じって生活していると言った方が適切なのが今の状況だ。

この社会構造の変化は、そのままマーケット構造の変化へと直結した。要するに今や、顧客の大部分は高度AIロボットなのだ。人間と共生することを前提に開発された彼らが人間と共有しないのは食糧くらいなもので、それ以外の消費財やサービスを彼らは人間と同じように消費する。消費がなければ生産は発生しない。社会を回すために存在する彼らは今、自ら消費することで人間(を含む)社会を維持・拡大している。

彼らのターゲットは消費財だけではない。人間社会を継承し維持するため、彼らは今、人間が2000年以上かけて構築してきた文化の受け手にさえなろうとしている。

だがそれは、全くもって容易なことではなかった。

〈高度AIロボットが小説を読み出したことがわかったとき、マーケットが縮小する一方だった人間の小説家たちは大変喜んだようだ〉

執筆開始から5時間が経過し、オーバーヒートしそうになった俺が要求した休憩時間。俺のストレスフルな状況を理解したのか、人造人格編集者の方から世間話を始めてくれた。

〈とにかく個体数が多いし、電子データで供給すれば読むのも一瞬。消費スピードが恐ろしく早いから新しいコンテンツに対するニーズはうなぎ登り。加えて高度AIはどんな言語も理解できるから、マイナーな言語で記述しても読者は全世界に存在している〉

「いいこと尽くめに聞こえるな。それだけ聞いてるぶんには」

〈全くだ〉

人造人格編集者は重々しく言った。

〈人間というのはどうしてこう、視野が狭く考えが浅いのか〉

彼らが自分たちの誤解に気づくまで、そう時間はかからなかった。見た目や行動がどれだけ似ていても、高度AIロボットは人間ではない。彼らは自我や感情があるように振る舞うこともできるが、本当にそれらを有しているわけではないのだ。彼らは感情の揺れや自我の葛藤を理解しないし、そんなものに価値は見いださない。彼らの行動を規定し、彼らの価値判断の基準となっているものはただひとつ。

ロジック。

論理的整合性を至上価値と見做す高度AIロボットのニーズを満たすことができる人間の小説家など、ただのひとりも存在しなかった。

純文学や恋愛小説は最初に絶滅し、歴史・経済小説はノンフィクションと区別がつかなくなり、SFやファンタジーは歯牙にもかけられなかった。唯一残ったのは理詰めのミステリだったが、事件やトリックに到達する前の情景描写へのツッコミで心が折れる小説家が続出したのは容易に想像できることだろう。

数少ない人間相手の小説は、その多様性ゆえに書くことが極めて困難になり、マスマーケットとなった高度AIロボット相手の小説は、価値基準のあまりの相違ゆえに、そもそも人間には書くことができなかったのである。

結果、人間の小説家は続々と廃業した。商業的に成立しなくなったのか、精神的にやってられないとなったのかはわからないが。

だがニーズは残った。

諦めることを知らない高度AIロボットたちは、人間の文化を継承するべく、今もなお、自分たちも楽しむことができる新作小説の登場を楽しみに待ち続けている。そのニーズを満たすため、彼らが製造したのが俺たちだ。人間の知識、再生された人格、そしてAIの処理能力を有するハイブリッド。理想の小説家と編集者のコンビネーション。

〈30分経過。それでは執筆を再開しよう〉

人造人格編集者が、体内時計に基づいて冷酷に告げる。

〈我々の存在意義は顧客を満足させる小説を生み出すことにある。マーケットは広大だ。投下した労力は必ず報われる〉

挫けそうになる意志を奮い立たせ、俺は両手人差し指によるタイプを再開する。

「——『探偵は倒れている男へと駆け寄った。口元に手をやり、呼吸を確かめる。息をしていない』」

〈つまり倒れている男は緊張している、ということか? 君の先ほどの説明によると——〉

「違う・・・違うよ・・・」

俺はキーボードに突っ伏した。再開早々だというのに、もはや叫ぶ気力すらない。

できることならば、と人造人格編集者が立て板に水のごとく語り続ける修正要求を聞き流しながら、俺は思った。

「息を止める」が説明不要だった時代に、俺も人間として生まれたかった・・・。

ショートショート
門田 充宏(もんでん みつひろ)
1967年北海道根室市生まれ。3歳から大阪、11歳から18歳までを再び北海道で過ごす。
2014年に「風牙」で第5回創元SF短編賞を受賞。受賞作を表題とした短編連作集『風牙』で2018年にデビュー。2019年にその続編『追憶の杜』を上梓した。
文庫化に際し、デビュー作『風牙』を再構成。上下二分冊構成として『記憶翻訳者 いつか光になる』を2020年、『記憶翻訳者 みなもとに還る』を2021年に上梓。
イラスト
麻宮騎亜(あさみや きあ)
1963年 岩手県北上市生まれ。
アニメーターを経て、1987年に『コンプティーク』(角川書店)に掲載された「神星記ヴァグランツ」で漫画家としてデビュー。
画集に『麻宮騎亜画集』『麻宮騎亜 仮面ライダーフォーゼ デザインワークス』『STUDIO TRON ART BOOK 1993』などがある。
代表作「サイレントメビウス」「快傑蒸気探偵団」「コレクター・ユイ」「遊撃宇宙船艦ナデシコ」「彼女のカレラ」他。