2020.03.30

建設的な未来

清水建設×日本SF作家クラブ
建設的な未来

実はこの居住塔もフロートもアンカーもステムも、つまりロータス・シティ全体が、やっぱりモルボットでできていた。成長して増えていくのは、実際に限りなく生き物に近いからだ。少数派だけれど、モルボットを「一種の人工細胞」と言う人もいる。

生活用品ばかりか、街全体が人間と同じように小さな「細胞」の集合体だった。これは生物の機能を模倣する技術「バイオミメティックス」の究極の姿とも言える。

例えば居住塔は痩せたり太ったりした。外気温に合わせて、壁の外側にふさふさした毛が生えたり、抜け落ちたりするのだ。また年月が経っても、ヒビが入ったり、崩れたりすることはない。私たちの体と同じで、常に細胞が新しいものと入れ替わっているからだ。

そして代謝や増殖に必要なエネルギーは、光合成で自ら生みだしていた。

人工だろうが何だろうが、ロータス・シティは生き物なんだと認めたって、私はかまわないと思う。でも、ほとんどの人は、あくまでも有機物でできた機械だと考えている。

そういう人たちが壁の男の子を見たら、何と言うだろう。やっぱり「想定外」?

 * * * *

1日、2日と経つうちに、男の子はよくしゃべるようになってきた。でも壁からすっかり抜けでてくることはない。相変わらず見えているのは上半身だけだ。

名前はないというので「ピーター」と呼ぶことにした。おとぎ話に出てくる「永遠の少年」に雰囲気が似ている感じがしたからだ。実際、このままなら歳を取りそうにない。

「どこから来たの」

「最初から、ここにいるよ」

「どうして私の名前を知っているの」

「ずっと、ここにいたからさ」

彼との会話は、だいたいこんな調子――実際、おとぎ話みたい。そもそも壁から生えてきた男の子としゃべってるなんて、どうかしてる。でも、私には話し相手が必要だった。リビングには家族がいるけど、言葉を交わせるのは、1日のほんのわずかな時間だけ。

 * * * *

「あの緑色をした塔のようなものは、何だと思う?」

ある時、そう質問してみて、私はピーターの正体を知ることになった。彼はこう答えたのだ――外に出て植えこみに生えている雑草を見てごらん。

言われた通りに私は58階から1階に降りて、居住塔の周囲を巡る植えこみを覗きこんだ。外の気温は40℃――夏の最高気温としては、今や当たり前だった。冷却コートを着ていなければ、とても耐えられない。周囲に人影は全くなかった。

もちろん、こんな日中に外へ出る必要なんかないのだ。経済活動のほとんどはJバースで行われる。食品や衣料、生活雑貨などリアルな物品はロボットによって届けられる。人は移動しなくていい。それだけでも、かなりの省エネだし環境に優しい。政府も奨励している。

植えこみにはハイビスカスのような熱帯性植物が、ぐるりと植えられていた。だけど私はその根本付近に注目する。そこには、もじゃもじゃした雑草が繁茂していて、小さな黄色い花を無数に咲かせていた。目を近づけてよく見ると、細長い緑色の実もつけている。

私ははっとして、北東方向に視線を向けた。3km先には〈ゆうなぎ〉があるはずだけど、その手前に緑の塔が建っている。先端が雑草の実そっくりに膨らんでいた。それは短くなった鉛筆みたいにも見える。

「あの塔って、ロータス・シティの実をつけているわけ?」

部屋に駆け戻った私は、さっそくピーターに問いかけた。

「正解。カタバミという、あの雑草の遺伝子を、ちょっと使わせてもらった」

「なぜ、そんなこと知ってるの?」

「自分のしたことだからさ」

相変わらずの禅問答――でも私はピンときた。彼は実際、壁から生えている。つまり居住塔と一体化している。そして居住塔はフロートの一部でもある。

ということはロータス・シティそのものが、人間の上半身の姿をとって、私と話しているのではないか。この街が生きているなら、知性のようなものを備えていたって、おかしくはない。今までは誰も、そんなことに気づいていなかったけど。

「花はどうしたの?」

「咲かせたよ。一晩だけね。君たちが建物の中で、夢を見ているうちに」

「ああ、教えてよ。見たかったのに」

「花は大して重要じゃない」ピーターは肩をすくめた。「もっと見せたいものがある」

「見せたいもの?」

ピーターが右手を延ばしてきた。そして私のこめかみあたりに、そっと触れる。

目の前の景色が、がらりと変わった。海の中らしい。ひんやりした水の感触が肌を撫でていた。その感触に微妙な変化があって、ふいに私の脇を何かが通り過ぎていく。イルカだ。つやつやした滑らかな肌――甲高い鳴き声が、カスタネットみたいに響き渡った。

「あっちに魚の群れがある・・・××の方向・・・距離は△△・・・とってもおいしそう」

誰かが、そんなことを言っている気がした。それはイルカの群れから伝わってくる。もしかして私、あのコたちの言葉がわかった? まさかね。

「まさかじゃない。君は今、一頭のイルカにもつながっている」

ピーターの声がした。

「どういうこと。これってVR?」

「ちがうよ。正真正銘の現実さ。ロータス・シティの近くで、今まさに起きていること」

頭上に何か圧倒的な気配がのしかかってきた。見上げるとタイヤみたいな溝のある岩があって、そこにフジツボや貝や虫みたいな生き物が、うじゃうじゃと群れている。硬そうなのやら、柔らかそうなのやら、それらの一匹一匹の視線を私は感じた。ぞわぞわする。

次の瞬間、それは岩じゃないとわかった。巨大なクジラの喉だったのだ。それ自体が一つのフロートか島みたい。灰色の穏やかな目が、私を一瞥した。心臓が止まりそうになるほどの存在感――体中が低音にズンズン揺さぶられる。そのクジラの鼻歌だった。