2021.01.18

建設的な未来

清水建設×日本SF作家クラブ
建設的な未来

やっと、宏が夢から覚めたような、しっかりした顔つきに変わった。

「あの国旗みたいな配色がヒントなんですか?」

「赤、白、赤で西暦何年かを表しているってことですね。そんなことができるのかなぁ」

「どうして、その年までにしたのかもヒントですか?」

拓朗が聞くと、先輩が腕組みをして唸り声をあげた。

「いい質問をするなぁ。いい質問だ。しかし、その年は今の君たちが分からなくて当然のことだよ。だから、ヒントにはならないな。そうだな、なら、ヒントをあげよう。止める限度年のことを俺たちは『ペルーの抵抗』の年と言ったりもしている。それでどうだろう。君たちならわかるだろう」

拓朗が、伊藤先輩に真正面に向き直って言った。

「その年にペルーになんか事変があって、侵略かなんかで、それにレジスタンスが抵抗して、・・・。でも、そうか。そのメモリアルな出来事というのはヒントにならないって先輩は言っておられたから、そんなアプローチはよくないのか」

「賢明だ。君たちが勉強してきたことを思い出すんだな」

香澄の顔が明るく輝いて、唇をアヒルのように突き出し前髪を勢いよく噴き上げた。

「電気よ。わたし達、電気科でしょ」

「研究しているのは超電導。超低温で電気抵抗がゼロになるけれど・・・」

宏がよどませた言葉の端を伊藤先輩がつかまえた。

「ここで使われている特殊素材の金属ゴムは、常温で時間抵抗がゼロになるんだよ」

「時間抵抗、そんな現象があるんだ」

拓朗が目を輝かせた。

「もう一つ、ヒントだ。電気で抵抗と言えば?」

「カラーコードですね」

香澄の声が弾んだ。

「カラーコード? カラーコードってなんだい?」

宏の思わぬ質問に香澄がしょうがないなという顔を作った。

「宏は理論ばかりやっているから、知らないんだ。流れる電気の量を制限したり調整したりすることで、電子回路を適正に動作させる部品のことを抵抗と呼んでいるのよ。抵抗値は、文字の代わりに色の帯で表示されているの」

「よく覚えられたものだ」

「簡単よ。そうだ、虹の色が七色なのは日本だけで、六色だという国もあるのは知っているでしょ」

「赤に橙、黄色に緑、青と紫」

「その虹の色が真ん中の2、3、4、5、6、7に当たるのね。これは忘れないでしょ。あとは黒と茶色の髪の毛で0と1を。灰色と白い髪の毛で8と9」

「無理くりだな。でも、うちのじいちゃんは髪の毛が灰色や白色だから89歳で、理に適っているけれどね」

「黒い礼服、茶を一杯、赤いニンジン、第三の男、岸恵子、緑の五月、青虫、ムラサキシチブ、ハイヤー、ホワイトクリスマス。あれか」

拓朗が妙な節をつけて並べたてた。

「ご明察。そう、抵抗のカラーコードさ。色と数字の組み合わせで抵抗の値を表したもの、それで『ペルーの抵抗』となる。ペルー国旗の配色を掛けているのは言うまでもない」

「最初の赤がニンジンで、2」

「次の白はホワイトクリスマスで9」

「最後の赤は2だけれど、抵抗に当てはめるとここは累乗だから、下二桁の数字は00。つまり西暦2900年ということになる」

伊藤先輩は大袈裟に胸の前で手を合わせて、シンバルを打つゴリラの玩具のような恰好で拍手をした。

「チームワークの勝利で合格だ。そうとも、今から西暦2900年になるまで、未来からこの時代には来られなくするストップ弁というわけさ。『時空航行法』が制定された年が基点になっている。それより未来からの訪問者なら、悪さはしないからね。それに閉めっぱなしってわけでもない。タイムパトロールや時間難民の受け入れ時には開けるし、何よりこれから起きる異常気象に対応するための技術者には来てもらう必要があるからね」

「これからもっともっと、ヤバくなるんですね」

「いや、すまない、君たち。今の一言で、君たちはわが社にどうしても就職してもらわなければならなくなった。これはまさしく首相レベルの機密事項だからね」

「ええっ、先輩、わざとじゃないでしょうね」

伊藤先輩を三人は小突いて詰め寄ったが、それでいて、三人が三人とも、満更でもなさそうな笑みを浮かべている。

「ここで、ここの仕事、つまりストップ弁の維持保全、そして改良をしていれば、今から次々と地球に起こる厄災に巻き込まれるという心配はない。絶対に危険な目に合うことはない。それは保証するよ。何しろ、何が起こっても未来は確実にこの先にあるのだから。君たちが、うちに就職してくれることは、既に決まっていることでもあるしね。社会人野球の大会できみ達が活躍するかどうかまでは、それはさすがに言わないでおくがね。コングラッチュレーション!」

伊藤先輩は口角を上げて、お茶目に片目を瞑った。

ショートショート
江坂 遊(えさか ゆう)
1980年、星新一ショートショートコンテストで「花火」が最優秀作品に選ばれてデビュー。代表作に『花火』『無用の店』(光文社文庫)がある。世界のショートショートの傑作をあつめた『30の神品』『猫の扉』(扶桑社文庫)では選者をつとめた。ショートショート作家を育てる江坂道場を主宰し、東工大などで創作講座を実施。創作法を開示した著書に『小さな物語のつくり方』『小さな物語のつくり方2』(樹立社)がある。
イラスト
加藤 直之(かとう なおゆき)
SFイラストレーター。SF小説のカバーイラストを中心に、作品を描きあげる過程で科学、物理、工学、工芸に興味を持ち、取材のために関係イベントにもよく顔を出す。
趣味は読書と自転車。乗るだけでなくパーツの改造をしたりすることも多く、金属やカーボンの素材を切ったり削ったりするのが好き。最近はプラネタリウムのドーム投影作品にも挑戦している。
作中に関連するシミズの技術
技術・ソリューション:維持・保全のカギ「大切な施設を、長く大切に扱う」