2022.1.17

特集

SF作家と意匠設計者がものづくりへの想いを語る

アートはテクノロジーに挑戦し、テクノロジーはアートにインスピレーションを与える

SFショートショート「建設的な未来」のイラストを務める、イラストレーターの加藤直之氏。ストーリーを読み解いたうえで描写から緻密な設定と世界観を構想して、イラストを描かれるそうです。建設会社でも、意匠設計においては、ある条件を読み解いて、イメージをカタチにしていきます。そして、形を実現するツールの進化によって、その表現の可能性は広がっています。

今回は、イラストレーターの加藤氏をお招きし、当社が3Dプリンタで制作した「みなもベンチ」の意匠設計を担当した竹中と、SFイラストと建築の世界の共通点や相違点などを交え、それぞれのものづくりへの想いを語り合いました。

タイトルは「”The art challenges technology and the technology inspires the art.”ーJohn Lasseter」から引用しました。

イラストレーター
加藤 直之(かとう なおゆき)

1952年生まれ、静岡県出身。千代田デザイナー学院在学時に同人会SFセントラルアートに入会。スタジオぬえ設立メンバーのひとりとなる。1974年、テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』のメカデザインに参加。1974年、早川SFコンテスト・アート部門に1位入賞。SF小説の表紙や挿絵を描き始める。

清水建設株式会社 建築総本部 設計本部 プロジェクト設計部
竹中 祐人(たけなか ゆうと)

1990年、千葉県生まれ。英国シェフィールド大学大学院(MSc)、千葉大学大学院(MEng)を卒業し、2017年、清水建設設計部 入社。

新しい技術が、新しい発想を生んだ

  • 竹中さんがデザインされた「みなもベンチ」(カラーラクツムを用いた複合開発街区「ミチノテラス豊洲」の外構に設置)は、どのような発想から生まれたのですか?

  • 竹中

    豊洲は急速な開発で発展した街で、特に水辺は均一なシルエットの人工地盤が続いています。その境界線を少し解いて、人々をこの街区に引き込みたい。そんな思いの中、運河の「水」が境界を越えて、この緑地で跳ねたらベンチになった、というストーリーを考えました。

  • 竹中による「みなもベンチ」のデザインスケッチ
  • 3次元データを読み込んだロボットアームが動き、ベンチを「プリント」する
  • 加藤

    既製品はどこに置かれるのか分からないものをつくる。でも、置かれる場所を想定したうえでデザインするので、よりイメージが湧いたというわけですね。

  • 構想段階では「木」のイメージもあったそうですね。

  • 加藤

    でも、最終的には水のイメージで行こうと。

  • 竹中

    背部のホテル棟の外装にも波をデザインコードとして用いており、繊維補強セメント複合材料に水の色を付けて波を模しました。3次元データから自動生成されるロボット制御プログラムにより、3時間でプリントしてつくられます。ロボットアームの軌跡・積層感がそのままベンチの表情になるのが特徴です。

  • 加藤

    この波打った形と、モニョモニョした表面の形は、ロボットを制御してつくられているんですね。

  • 竹中

    そうです。職人さんがつくるような手仕事の温かみとは異なる、ロボットならではの豊かさは何か探しました。そこで、人間工学に基づいた形状を緻密に入力すれば、プログラムに忠実に動く機械にしか出せない、人との親和性を表現できるんじゃないかと思ってチャレンジしました。

  • 加藤

    例えば、コンピューターに直線を描かせると硬い1本の線になる。それを鉛筆の線にするとかマーカーの線にするとか、表情を付けた線にするプログラムに挑戦したわけですね。

  • 竹中

    そうです。ベンチの断面形状は、人間工学に基づいており、端部ほどゆったりと座れるような形状です。心地良い角度は、身長や座り方によっても異なります。滑らかに変化して行く断面なら、どこかに自分が気持ちいいと思えるポジションが生まれると思いました。

  • 加藤

    確かに。僕も何か所か座ってみて、端っこがとりわけ気持ちよかったです。

カラーラクツムで作られた「みなもベンチ」に腰掛ける竹中(左)と加藤さん(右)

未来を描くためのデザインルール

  • 建築物を描くことについて、お聞かせください。

  • 竹中

    「描く」プロセスは加藤さんと近いものがありそうと感じています。ただ、私たちはクライアントが持つイメージを何枚もの図面に描いて、形にして行きます。一方、加藤さんは1枚の絵で世界を表現している。本当にチャレンジングな世界で戦っているんだなと感動しました。

  • 加藤

    建設的な未来」ではSFと建築というテーマで、何度か建築物を描かせていただきました。今まで建築物を主眼として描いて来たことはなかったので、楽しみながら力を込めて描いています(笑)。

  • 竹中

    第17話の「覇者の四角錐」(作・吉田親司)で、たった1枚の絵を通してSF小説から(いにし)えの文化と未来の世界を描いておられました。どのようなプロセスで描かれたのですか。

  • 加藤

    宇宙人が巨大なピラミッドに乗ってやってくるという物語です。僕は実物のピラミッドを見たことがないので、Googleマップを利用して見え方を確認しました。ピラミッドは遠くから見たときと間近で見たときでは形がまるで違うんです。なので、コンピューターグラフィックスでシミュレーションして、どこから見たらどのように見えるかを考えながら描きました。

  • ピラミッドから1.2kmの地点に視点を置いた場合のピラミッドの見え方
  • ピラミッドから10kmの地点に視点を置いた場合のピラミッドの見え方
  • 竹中

    情景のシミュレーションは大切ですよね。設計過程ではプログラミングで見え方による形状の最適化もできますが、そのままの造形では面白くない。そこにちょっと設計者の手を加える。「これのほうがいいな」と。私は設計者としてまだまだ未熟ですが、つくり手の想いが伝わるデザインにしたいと常に心掛けています。

  • 加藤

    僕は建築物を描くとき、その建物がどのような素材からできているのかを考えます。あと、建物から太陽の光がどのように射してくるのか? 風がどのように通り抜けるのか? それに保守、メンテナンスも。直接的に絵にはなりませんけどね(笑)。
    僕はいつも自転車で街を走り廻っているのですが、その体験が役に立っています。でも、自転車を走らせていると不便も感じます。というのは、20世紀は自転車は歩道を走るものとして道路が設計されていました。ところが法律が変わり、自転車は車道を走るものとなりました。でも、自動車に乗っている人のなかにはまだ、自転車は歩道を走るものと思っている人もいる。そもそも街のグランドデザインに無理があるんです。

  • 竹中

    とても興味深いです。モビリティが多様化していく中で、街のデザインがどこまで柔軟になれるのか。例えば、ロボットが当たり前に通行する未来では街路はどうあるべきか。今後、今までなかったものが現れる。私たちのプロジェクトではモビリティの多様化に応えるデザインを、この豊洲の街区でも挑戦しようとしています。

言葉を媒介として、具現化されるイメージ

  • イメージを具現化するにあたって、苦労されていることはありますか?

  • 竹中

    ものづくりで行き詰まった時は、そこに少し詩的な言葉を添え、その言葉に合う形を探します。例えば、「外壁を付ける」じゃなくて「外壁をまとう」という言葉で表現する。そこから「まとう外壁はどのような形になるんだろう?」と具現化を目指します。

  • 加藤

    面白いですね。僕はアメリカのSF作家ロバート・A・ハインラインの作品『宇宙の戦士』という小説に登場するパワードスーツを描いたのですが、パワードスーツの場合は「身に付ける」のではなく、「着る」なんです。なので、パーツを付けるのではなく、着られるものとしてデザインしました。

  • パワードスーツ・プラモデル開発時の試作。3Dプリンタで出力し、全体のバランスをチェックした(開発・販売元:WAVE)
  • 外形デザインもパイロットの腕や脚、関節の位置や動きに合致するようデザインされている
  • 竹中

    言葉から発想することは大切だと思っています。私たち設計者が描いた図面はクライアント・職人さんなど、さまざまな人との共通言語になります。その責任を負うため、例えば方言や女子高生の言葉のような自由な表現は避け、標準語のような表記になってしまいがちです。ただ、流行性や感情の籠った詩的な切り口で表現することも大切であると感じています。今回、加藤さんの言葉に宿るパワードスーツへの思い、その結晶である模型に新しい刺激をいただきました。

  • 加藤

    僕は絵を描くために本を読んで、物語で描かれている描写をイラストにします。言葉からインスパイアされるより、言葉=描写をリアルに描くことが多いですね。面白いことに、NASAの科学者が書いたSF小説とサラリーマン出身のSF小説では描写がぜんぜん違います。NASA科学者が書いたSF小説だとNASAの最先端のテクノロジーが文章になっています。そんな最先端の宇宙船の描写を絵にするとき、今までなら文献を当たって科学的な裏付けを探して表現していました。それが、今ではISS(国際宇宙ステーション)から発信されている動画を見て確認できます。例えば、ISSから地球に帰還する宇宙船が、離れた瞬間に姿勢制御スラスター(補助推進器)を吹くのですが、そのときどんなふうに光が走るのかを本物で見られるんです。今まで想像するしかなかったのに。それを見て小説に出てくる描写をイラストに描いています。

アニメ『銀河英雄伝説』(石黒版)に登場する戦艦ブリュンヒルトのプラモデル。(開発・販売元:HMA)
滑らかだが複雑な流線を持つ機体を、3Dプリンタで出力したモデルでチェック。
  • 竹中

    リアリティあるイラストが強い説得性をもってSF世界を具現化していると感じました。私もスケッチでやり取りするとき、エンジニア・職人さんとの共通言語を探して、分かりやすく伝えて作り上げることを意識したいです。

新しいもの、新しい概念が未来を拓く

  • つくることに対して、大切にしていることとは何でしょうか?

  • 加藤

    僕の思想を伝えるひとつの手段がイラストだったんです。思想を伝えるのが目的だったので立体物でも良かったのですが、たまたまイラストが一番、身近なジャンルとしてあったからそれを選びました。
    みんなが知っている人を例にするなら、アニメ監督に宮崎駿さんと富野由悠季さんがいますよね。宮崎さんは細かい絵コンテを描いて、その通りにつくらせるタイプ。富野さんの絵はすごく下手で、「なんじゃ、こりゃ!」みたいな絵です。でも、上手く人を使ってつくり上げて行くタイプです。僕は人に任せると後で直したくなる。だから、ひとりでやることを選択しました。竹中さんは最後まで手を加えたいタイプですか?

  • 竹中

    作家性がプロセスに現れるのは面白いですね。僕も同じく最後に手を加えてしまうタイプかもしれません(笑)。ただ、孤高に作品づくりをするのではなく、携わる人々と一緒にものを作っていきたいので、今は清水建設で働きがいを見つけています。

  • 加藤

    普通なら、図面を描いて、現場に渡すだけだと思うけれど、そうはしたくなかったということですね。

  • 竹中

    そうなんです!建築の世界では、設計者だけでなく、職人さんたちと一緒につくるほうが、より良いものがつくれると痛感する日々です。アニメ監督の例をいただきましたが、(モニタに映しながら)実はこんなふうに、建築現場の職人さんたちにもいろいろなスタイルがあり、ときどきスケッチしています。

竹中による職人のスケッチ(クリックすると拡大してご覧いただけます)
  • 加藤

    これは、いいですね!絵からも人を大切にするという竹中さんの普段の想いが伝わってきます。それはベンチにも表れていると思いました。
    今回のベンチもそうですが、僕は新しいもの、新しい概念が大好きです。新しい技術で何ができるか? ということを考えるのがとても面白いと思っています。そうしたことを今後も清水建設には期待しています。

  • 竹中

    清水建設には新しいことに挑戦させてもらえる環境があるので、今は本当に恵まれていると思います。例えば、木目をコンクリートに非常に高い精度で転写するといった技術(アート型枠)も清水建設にはあります。当時入社2年目の私でも、そんな一流のエンジニアと会話できる。先端技術を使って、なにか面白いことができるのではないか?とまた新たなインスピレーションにつながります。最高です。

  • 加藤

    いいですね。若い竹中さんのような人が活躍している。僕は先ほど言ったように新しいことを知るのが好きなので、ぜひ、今後もお話ができる機会があると嬉しいですね。

  • 竹中

    ぜひお願いします!