2023.05.22

建設的な未来(東芝)

SFプロトタイピング フェーズII

エンジニアによる未来構想 4(4)
ワークショップで導き出した未来の世界が小説に!

「あ、いや――」

思わず言い淀むカナメに仲間の1人が険しい声を投げかける。

「どういうことなんだ? やっぱりインタビューで何か言われたんだろう」

カナメは慌てて手を振った。

「ちがう投影格子がだめとかいう意味じゃない。逆だ。僕たちはきっと……きっと投影格子で落書きができる」

「落書き?」

別の仲間がカナメの言葉を聞き返した。

「そうだ。落書きだ」カナメはブリトーの包み紙を掲げて言った。「フェルナンデスさんは何も考えずに三角トラスを転がして包み紙の飾りと、具材のガイドを作った」

 カナメは工房の壁に描いた投影格子を指差した。

「僕は今、何も考えずに正五胞体を転がしてみた。ただ壁に線を描くつもりで。そしたら、今まで無理して作っていた面の接続部分をすいすい乗り越えられることに気づいた」

キサゲが探るように言った。

「窓枠をデザインするとか、そういうことじゃなくてってこと?」

「そう、ただ描いてみた。定規で線を引くように」

カナメは拡張現実に円や球体、回転楕円体、ベータスプライン面などを浮かべて、正五胞体を投影してみた。工房の壁よりは難しいが、八胞体(テセラック)や、五次元立体の十六胞体(オルソプレックス)を使わなければならなかった図形だ。

しかし今のカナメには、いとも容易いことだった。

カナメは今まで苦労していた感覚を思い出せなくなっていることに気づいた。

投影格子を描くカナメを見つめていた仲間たちは、工房を斜めに横切る投影格子を見上げ、カナメが手の中で生み出していくシンプルな構造にため息をついた。

キサゲが立ち上がり、カナメが工房の壁に投影した投影格子を押し出して構造壁に置き換えた。キサゲは、プログラムが設定した内部構造を捨てると、筋交(すじかい)を投影格子で描き直した。

筋交を投影格子で描き直す

「たしかに簡単。フリーハンドでも描けるなんて知らなかった」

テーブルの周りに集まっていた仲間たちも、思い思いに宙に落書きをはじめていた。

キサゲと2人で投影格子を生み出したあの日、シャワールームのプリントに失敗していたミユウは、工房に転がっていたサイクロン排水溝のついたキッチンシンクに三角トラスの影を投影して、水の流れる部分に沿わせて、様式化した植物を描いていた。

2人組の学生は、小惑開発組合が募集している星間航行船の構造トラスを再設計していた。もともと投影格子で設計していたものだが、学生2人はトラスに使う鋼材の積層パターンを投影格子に入れ替えて、強度の向上を狙っているようだった。

この場にいるベスタ市民にとって、投影格子は単なる装飾様式ではなくなっていた。

線を引くための定規であり、空間や曲面を把握するための分析器であり、複雑な構造を空間に描くための方法だった。

解放された工房で、日常的に工作に親しんできたベスタ市民が、投影格子を使い続けてきたからこそなのだろう。

工房では投影格子がカナメの想像を超えた方法で使われていた。

その中の1人に、カナメは注意を向けた。つい先週ワークショップを終えた第二世代の男性だ。

カナメたちの目から見るとほとんど筋肉のついていない腕を宙に伸ばした男性は、皺くちゃの顔を強張らせて、一心不乱に三角トラスを転がしていた。

投影格子を投影している対象は、弓形の巨大な空間、居住空洞だった。いや、少し違う。男性が投影格子を描いている居住空洞には、建物が一つもない。このがらんどうの空間を発見した第二世代たちが、移り住むことに決めたのだ。カナメは男性に声をかけた。

「僕たちが移り住む前の空洞ですね」

男性は頷いた。

「穴だらけの空洞だった。いくらガスを詰めても岩肌に吸い込まれていったんだ。ベスタには惑星工学のエンジニアなんていなかったからな」

再び図面に向き合った男性は、投影格子を岩肌に投影して何かの枠を描いていった。

「ひょっとして、これは気密隔壁ですか?」

「そうだよ。522ヶ所を塞いで回った。かなり乱暴なこともしたな。廃棄するロケットを買い込んで割れ目に押し込んだりしてな」

男性は空気が漏れていきそうな洞窟を隔壁で閉じると、別の割れ目を塞ぎ始めた。気密作業は相当な難工事だったと伝えられている。いくら塞いでもどこかに気密漏れが見つかってしまい、移り住んだ第二世代たちは10年ほどヘルメット生活を余儀なくされたと言う話だ。

男性はカナメが見ている前で手際よく割れ目を覆う隔壁を作り上げていく。割れ目の形を知らなければできない手早さだった。

「ひょっとして、隔壁のご担当だったんですか?」

男性は苦笑いして、たった今できた隔壁の部分を拡大して見せてくれた。投影格子の骨組みを持つその隔壁は、実際に作られたものよりもずっと資材が少なく、建造しやすそうに見える。数式で定義できない自然の地形を手作業で拾うことができる投影格子ならではの設計だ。男性はカナメを振り返った。

「あのとき投影格子があれば、もっと楽ができたな。これから惑星改造工事をやるなら必須だ」

カナメが男性に礼を言ってその場を離れたとき、カナメは市長と御厨が工房の入り口から中を窺っているのに気づいた。

カナメが2人の方へ歩くと、投影格子で遊ぶ市民たちを見渡した市長はカナメに笑いかけた。

「変なこと言っちゃったから気にしてたんだけど、取り越し苦労だったみたいね」

「変な――ああ!」

カナメはすぐに市長が何を言おうとしているのかわかった。

「投影格子が終わるって話ですね」

「そう」と市長は頷いた。「まさか1日で終わらせちゃうなんて。わたしの想像も超えてたな」

「この結果を予想していたんですか? 投影格子が、こんなふうに使えるなんて」

「まさか」市長は首を振った。「わたしが期待してたのは受託から抜け出すきっかけだけ。装飾のための投影格子が広まればいいと思ってた。本気でね」

御厨が力強く頷いた。

「わたしも、ベルト生まれのアール・デコと呼ばれた時にベスタでの仕事は終わったなと思いましたよ。あと何十年かは、ベスタが太陽系のモードを主導できる。でも――」

工房に再び目をやった御厨は、大きな息をついて首を振った。

「まさか高次空間を手足のように使う集団が現れるなんてことは思っていませんでした。これは、革命ですよ。アール・デコを経てモダンデザインが生まれたのに匹敵します――いや、違いますね。CADの誕生を超えるかもしれません。人間が、人間がですよ? 人間が、四次元、五次元の身体性を手に入れたんです。変わりますよ。太陽系のデザインは新時代に入ります。インタビューもやり直してもらいましょう」

カナメは慌てて体の前で両手を振った。

「やめてください。そんな大それた話じゃないですよ」

苦笑いして聞いていた市長も御厨を諌めた。

「評判は追いかけてくるぐらいがちょうどいいの」

市長が工房に顔を向けて目を細めると、キサゲがカナメに手を振った。

「これ見てよ!」

彼女が指差した先に浮かんでいるのは、つぶれた球体状の小惑星ベスタの模式図だった。膨らんだ赤道を巨大な構造物の図面が帯のように取り囲んでいた。

「赤道リングか」

カナメが聞くと、キサゲは得意げにリングの図面を高い天井の工房一杯に拡大してみせた。

宇宙港と工場、そして地球並みの大きな重力を必要とする居留者向けの居住区画が、投影格子で設計されていた。

慣れ親しんだ居住空洞がとても小さいことに気づいた子供たちが、毎年のように構想しては「そんな大きなものを振り回したら、千切れてしまうんだよ」と大人にたしなめられる構造物だ。カナメも、すごいこと考えたんだと胸を張る近所の子供にそう教えたことがある。

「回してみようか」

キサゲが構造シミュレーションのタグをつけて模式図のベスタを自転させると、赤道リングは軋み、捩れながらも構造を保っていた。5周ほどしたところで壁と床面をつなぐ投影格子の梁が千切れて、リングの構造体はほどけていった。

「意外と粘ったな」

カナメは壊れ始めた場所でパターンが破れていたことに気づいていた。キサゲが描いた投影格子には、四次元空間での回転速度が均一でない場所がいくつかあったのだ。まだ言葉にはならないし、定式化もできていないのだが、それを治す方法はカナメの手が知っている。

「ちょっと手を入れていい?」

「もちろん」

キサゲが図面のハンドルを渡してくれた。

カナメは正五胞体を四次元空間に浮かべると、千切れた床と壁とがなす稜線を投影格子で滑らかに繋いだ。

「もちろんこのままじゃ使えない。いずれはバラバラになってしまう――」

カナメは、キサゲと一緒になって赤道リングの修正に取り掛かった。

市長は御厨を見下ろして笑顔を向けた。

「追いかけてくるのを待とうって言ったけど、やっぱり、インタビューのやり直しを手配してくれる?」

「はい、すぐ手配します」

御厨が工房を後にすると、市長はカナメたちが試行錯誤する姿に目を細めた。

「がんばれよ」

小説
藤井 太洋(ふじい たいよう)
1971年 鹿児島県奄美大島生まれ。日本SF作家クラブ第18代会長。
2015年 『オービタル・クラウド』で第35回日本SF大賞、第46回星雲賞受賞。
2019年 『ハロー・ワールド』で第40回吉川英治文学新人賞を受賞。
トップイラスト
Robin Rombach and Andreas Blattmann and Dominik Lorenz and Patrick Esser and Björn Ommer: High-Resolution Image Synthesis with Latent Diffusion Models. Proceedings of the IEEE/CVF Conference on Computer Vision and Pattern Recognition (CVPR), 2022, pp. 10684-10695.

プロンプトエンジニアリング 渡邊 基史(清水建設株式会社)
画像生成AIに対するプロンプトを作成