2023.02.20

建設的な未来(東芝)

SFプロトタイピング フェーズII

エンジニアによる未来構想 4(1)
ワークショップで導き出した未来の世界が小説に!

市長に招かれたのは、エントランスホールの裏側にある三日月型のホールだった。市庁舎は谷の底に突き刺さっていた鉄鋼石塊の上に建っているが、低層フロアには元の岩塊を掘って作った穴居型の部屋も多い。カナメが連れてこられたホールの壁は第2世代たちがふるったノミ跡が壁紙の代わりだった。壁は緩やかなカーブを描いて高い天井へと繋がっていた。

アーチの間に開いた開口部には、透明なガラスと耐メタンコートが特徴的な緑色のガラスが交互に入っていた。部材コードを確かめると、透明ガラスの方は月のドーム都市に使うもので、緑色の耐メタングラスは、タイタン探査船の風防に使う予定のドームガラスの端材を流用したものだ。

床は木目の鮮やかな組み木のフローリングだった。もちろん、二十二世紀で建材に利用してはいけないことになった植物由来のものではなく、固着力の違う二種類のセメントを櫛状のノズルで積層したセメントウッドだ。

原材料は温暖化に喘ぐ地球が二酸化炭素を宇宙投棄するために作っている石灰岩だ。ベスタでは火星が回収し損ねた石灰岩をただ同然で手に入れてセメントウッドを作り、建材の材料にしているのだった。材木と同等の柔らかさと木目の細かさを持ち、ノコギリやカンナなどの伝統的な工具で切削できる。セメントの中にCNTケーブルを通してレジンで埋めれば弾性も獲得できる。

空隙をシリコンオイルで埋めて着色すると、今カナメが踏みつけているようなフローリング材にもなるのだ。

カナメは床を指差した。

「このセメントウッド、特級じゃないですか」

足元を見下ろした市長は乾いた笑い声をあげる。

「ほんとだ。誰がやったんだろう。市庁舎だからってそんなに気合い入れなくてもいいのに」

フローリングを食い入るような目で見つめていると、市長がくすりと笑った。

「なにか?」

「ごめんなさいね。すごく熱心に見てるなと思って。木工も得意なのね」

「ええ」とカナメは頷いた。「切ったり削ったり、磨くのも好きです」

市長は頷くと、再び歩き出した。

「ユニットの設計は?」

「あんまりやらないですね」

そうか、と市長は言ってホールの奥へと向かった。そこには3脚のソファとローテーブルが置いてあり、こちらに向いたソファには1人の男性が腰掛けていた。

年齢はよくわからない。市長と同じグレーのスーツを身につけているが、細い体型を隠すためにフレアのある市長のものとは違い、鍛えた体型がはっきりとわかるデザインだ。袖、裾も短めに詰められているあたりも活動的な印象を強めている。

市長がこの男性に引き合わせようとしているらしいことはわかった。

市長についてカナメがソファの方へ歩くと、男性は立ち上がった。弾むようなその動作は、男性がベスタのような低重力空間ではなく、より大きな重力下で生活していることを物語っていた。

男性は握手をするために手を差し出した。

御厨(みくりや)藤次(とうじ)と申します」

「楔戸カナメです」

カナメが御厨の手を握ると、御厨は目を見開いた。

「どうかしましたか?」

「いや、力強いので驚きました」

小惑星育ち(ベルター)に対する偏見ですね」市長がくすりと笑う。「私は間に合わなかったけど、この子たちの世代は御厨さんたち地球生まれよりも体を鍛えてますよ」

御厨が遠慮がちな視線でカナメの体つきを確かめる。

「そのようですね。失礼しました」

「わざわざ地球からいらっしゃったんですね。どんな建材を頼まれる予定ですか?」

「建材?」

御厨が首を傾げた。どうやら違ったらしい。

カナメが市長と御厨、二人の顔を見比べると、市長が座るようにとソファを指差した。

「ごめんなさいね、御厨さんからの話が急すぎて、あらかじめ伝える時間がなかったの」

「いいえ、構いません。どういう話なんですか?」

市長が何かを言おうと口を開いたが、思い直したように御厨に笑いかけた。

「直接やってもらった方がいいかな」

「そうですね。まず、見てもらったほうがいいでしょう」

御厨はテーブルの上に複合現実インターフェイスを開いて、緩い弧を描く弓形の空間を表示させた。

カナメたちが暮らす幅2キロ、長さ16キロメートルの居住空洞だ。御厨は手慣れた様子で中央通路の辺りを拡大してみせた。ちょうどカナメたちのいる市庁舎の辺りだ。岩塊に食い込むように建てられた市庁舎の立体像には各部の寸法を示す数字と内部の桁が描かれていた。

図面に違和感を覚えたカナメは、顔を近づけた。何度も仕事を受けて窓や通路を取り付けているが、異なる規格の居住モジュールやオフィスユニットを寄せ集めてあるはずなのに、妙に整った印象を受けてしまう。

御厨の顔に満足そうな微笑みが浮かんだ。

「どこを変えたか、わかりますか?」

カナメはもう一度立体図面を確かめて、違和感の源を突き止めた。図面の窓はすべて同じ素材を用い、細いフレームに同じ特性のガラスが嵌め込まれている。

「窓です。全部同じ窓になってませんか? 全部違うのがはまってたはずですけど」

カナメは図面に手を伸ばすと窓に触れて、窓そのものが1つの部材コードにまとめられていることを確かめた。

「ひょっとして、製品・・を使うということでしょうか?」

製品、のところに込めた感情に御厨は答える必要を感じたらしい。力強く頷いた御厨は、窓の拡大図面を宙に浮かべた。

「はい。この図面では幅の異なる3種類の窓を使っています」

「やっぱり」カナメはため息をつく。「規格品なんて要りませんし、そもそも取り付けに苦労するだけですよ。ほら、通りに面した壁なんて(ツラ)の位置が何箇所もずれてるでしょ」

「ええ、そこをどうしようか迷ってまして」

「僕らが材料持って取り付けばいいんです。5人もいれば2日で終わりますよ」

「2日?」

御厨が目を丸くする。カナメは頷いた。

「ええ、2日です。だいいち市庁舎の窓なんてせいぜい100枚でしょ?製造ラインを組むのに1週間ぐらいはかかるじゃないですか。そんなの待ってるよりも、取り付いてその場で作っちゃった方がいいですって」

「もちろん、もちろんそうでしょう」

御厨は取り繕うように言うと両腕を広げて、図面を縮小した。

「他の窓はどうですか?」

「他の?」

カナメは首を傾げ、図面に目を見張った。縮小した図面に入ってきた中央通りに面した建物の窓が、すべて同じ意匠に統一されていたのだ。地上階とその1つ上のフロアまでは、窓のついている高さも揃えてあるようだった。

「どうですか?」

御厨が胸を張る。だがすっきりとした見た目だが、それ以上のものではない。

「どう、と言われても――なんだか地球の都市みたいですね」

御厨はまだ何か期待しているようだった。何を言おうか迷っていると、それまで黙っていた市長が口を開いた。

「まずは楔戸さんの第一印象を知りたいな。パッと見た時どう思った?」

「パッと見た時ですか?」

面倒くささを隠そうともせずにカナメが言うと、それまで黙っていた市長が口を開いた。

「楔戸さん、目を閉じて頭を空っぽにしてから没入モードで見直してみたら?御厨さん、図面をフルスケールにしておいて」

「いいですよ」

答えたカナメは半信半疑で目を閉じる。所詮は見かけを整えるだけだ。

「いいですよ」

御厨の声で目を開けたカナメは中央通りに立っていた。ちょうど市長が声をかけてきた場所だ。

コンタクトレンズに投影された没入図面は、確かについさっき歩いてきたメインストリートのものだった。だが、その眺めは一変していたのだ。建築は変わっていない。居住モジュールを好き勝手にくっつけたベスタ建築のままだった。通りに面した窓が重力勾配に沿って上っていく居住空洞のグリッドにぴたりと揃っていた。

驚いたことに、狭苦しい居住空洞が倍ほどの広さになったようにも感じていた。風だって吹きそうだ。

ソファから立ち上がったらしい市長が、隣で腕を組んで辺りを見渡していた。

「ここからの眺めは立派ねえ」

「楔戸さんは、いかがですか?」

御厨が問いかけてきた。

「……驚きました。窓を変えるだけで、こんなに変わるなんて思っていませんでした」

御厨は何かを確かめるように市長に頷くと、カナメに向き直った。

「楔戸さん、このお仕事をお手伝いいただけないでしょうか」

「何をですか?」

「窓のデザインです」

カナメは整然と窓が並ぶ通りを見渡した。

「できてるじゃないですか」

「いいえ。これは願望を描いただけです。現実の設計と、材料の加工から組み立て、そして取り付けに至るまでの工程を全て決められる方こそデザイナーですよ。楔戸さんなら、きっとこの窓をデザインできます」

可能だろう――とカナメは思った。地球や火星の企業から依頼を受けて、宇宙船やドーム都市で使う窓やドアは何度も作ってきた。クライアントが寄越してくる設計図がそのまま使えることなどないので、設計のやり直しなど日常茶飯事だし、製造ラインを意識しなければ設計など成り立ちはしない。

カナメは、自分が即答できない理由に気づいていた。

窓を付け替えるということは、誰かが作り、取り付けた窓を外すということだ。それも、使えなくなった窓を取り替えるのではく、見かけを綺麗にしたいというだけの理由のためだ。

カナメの背筋に鳥肌が立った。たった1人の設計が、街の顔つきを決めてしまうのだ。

カナメの様子を伺っていた御厨は、慎重な口調で言った。

「私は、今の手仕事を侮っているわけではありません。逆です。製造から取り付けまで、全ての現場に精通しているベスタの方だからこそ、この窓を設計できると確信しています」

御厨は市庁舎を取り囲むテラスを見上げ、虹色に輝くタイルを指差した。

「このタイルは見事なものです。構造色を使うカラーリングは他にもありますが、これほどコントラストの高い、幾つもの素材を組み合わせたものを見るのは初めてです。今までに楔戸さんが納品した建材も確認させていただきました。どれも、構想する力と手業(てわざ)が見事に融合したものだ。どうか、この窓をお願いできますか?」

カナメは整然と窓の並ぶメインストリートをもう一度見渡してから、市長と御厨に頭を下げた。

「少し時間をください。手を動かして考えてきます」

御厨は頷いた。

「そうですか。手を動かしてこそ、ベスタ市民ということですね」

馬鹿にされたような気がしたが、カナメはそれも後で考えることにして市庁舎を後にした。

 * * * *

第2回に続く

小説
藤井 太洋(ふじい たいよう)
1971年 鹿児島県奄美大島生まれ。日本SF作家クラブ第18代会長。
2015年 『オービタル・クラウド』で第35回日本SF大賞、第46回星雲賞受賞。
2019年 『ハロー・ワールド』で第40回吉川英治文学新人賞を受賞。
イラスト
Robin Rombach and Andreas Blattmann and Dominik Lorenz and Patrick Esser and Björn Ommer: High-Resolution Image Synthesis with Latent Diffusion Models. Proceedings of the IEEE/CVF Conference on Computer Vision and Pattern Recognition (CVPR), 2022, pp. 10684-10695.

プロンプトエンジニアリング 渡邊 基史(清水建設株式会社)
画像生成AIに対するプロンプトを作成